第百二話 急襲 ※
まったく唐突ですが、挿絵があります。
妖精のペテンを退けてしばらく。
探査団は行く手を分断する切り立った崖に直面した。
はるか崖下には大きな川が流れている。
崖には向こう側まで、植物の蔓をより合わせてできた吊り橋がかかっていた。
「む……古い橋であるな……車が通れるか……」
「とお、ら、れるだ」
ジト目のホッグスは吊り橋の手すりを触って強度を確認している。
橋は横幅自体は充分なスペースがあり、荷車のサイズでも通られるように見えた。しかしこの吊り橋、見た目にはかなりボロい。
「前に誰かがここを通ってたんだね」
パンジャンドラムが崖下を覗き込んだり、吊り橋やその先を見やりながら言った。
「魔女だろうか」
俺の問いには、後ろからやってきたツェモイが笑いながら答えた。
「ずいぶん魔女にこだわるんだな。このあたりはもともとオークの支配地域だった。奴らが架けた橋かも知れん」
「オーク」
俺はアップルと視線を合わせる。彼女と初めて会った時、オークを見かけはした。
「もともと、とは?」
「我ら騎士団が、第一次遠征の際に退けたよ。ガスンバの北部へ追いやってやった」
「では今では元の通り、ここいらはオークの物か」
「どうだろうな。それはないと思うが」
ツェモイは微笑みながら、川上を眺めた。
なぜそう言い切れるのだろうか。そう考えていると、兵士に指示を出すホッグスの声が聞こえてきた。
橋のこちら側で一時進軍停止。荷車の重量に耐えられるようにするため、交代で橋の補強作業をやると言っている。
バタバタと動き始める兵士たちを見やりつつ、
「魔女の屋敷はこの橋の向こうだよ。貴殿のおかげで、我らは正しい道を進んでいる」
俺はポケットからタバコを取り出し、
「どうかな。正しい道なんかないさ。誰か火を持ってないか」
そう言った。
アップルやパンジャンドラムに視線を向けたが、1番最初に動いたのはツェモイだった。呪文を唱えて、右手の人差し指から小さな火を出してくれた。
俺はその火にタバコの先端を近づけ、息を吸う。
「うへ! マスター!」
ラリアが一喝し、俺の左腕からパンジャンドラムが背負うタンクの上に移動する。
「正しい道がない、とは?」
「そんなことを言っていた奴が大昔にいたのさ。人は別れ道に直面した時、どちらが正解の道か迷うものだ。右の道に困難があると聞いたら、左の道は安全だと考えてしまうものだと」
「……自然なことだと思うが」
「そいつが言うには、完璧な道などないんだそうだ。右の道に馬のクソが落ちていたら、左には牛のクソが落ちている。ただクソの種類が違うだけだと」
「難儀だな。では我らはどうすればいいか、その者は言ったか?」
「馬と牛ならどちらが嫌いじゃないかで選べばいいんだと」
「……どの道避けられないのだな」
「そいつが言うには、それが人生だそうだ。ただ苦しいということを、ただ理解すればいいと」
煙を吹き出した。
旨い。
「これもそうだ。百害あって一利なしと言う者もいるが、どうせ生きることは全部害なんだ。だったら店先に並んだ自分好みの害を選べばいい。あとはいつか終わるまで待つだけだ」
「自暴自棄なことだ。若く見えるのに」
肩をすくめたツェモイ。
思わずなのだろう、岩に腰かけたパンジャンドラムが皮肉を飛ばしてきた。
「オレたちはいつ終わるんだろうね! 無限ループじゃなきゃいいんだけど」
ツェモイとアップルは不思議そうな顔をしていた。
そうやって話している間も、兵士と冒険者が共同で、持参のロープやそこいらで切ってきた蔦を、崖のこちら側と向こう側につないだり、渡したロープを橋と連結したりしている。
崖の向こうには作業員の護衛なのか、数人の女騎士たちがすでに渡って周囲を警戒していた。
そして、作業が終わった。
ツェモイはホッグス少佐のところへ行き、
「我ら騎士団が先行しよう。橋の向こうの安全を確保する」
そう言ってから、崖のこちら側の騎士に号令をかけ橋を渡っていく。
渡りきった騎士たちが配置についたのを見届け、ホッグス少佐も隊列に号令をかけた。
1台目の荷車と、それに配置されたライフル兵が渡っていく。
吊り橋は軋む音をたてはしていたが、しっかりと安定し揺れは少ないように見えた。それを確認してから、ホッグスはアップルと共に、2台目の荷車と橋を渡り始める。
岩顏の副官はまだこちらにいて、上官が橋を渡る様を見守っている。
俺たちジャップ2人とコアラ、そして3台目の荷車と大半の兵士、10名ほどの冒険者が、2台目が渡りきるのを待っていた時だった。
パンジャンドラムのタンクの上に座っていたラリアが、急に来た道を振り返った。
コアラ耳をピクピクうごめかし、森の奥を注視している。やや遅れて、パンジャンドラムも同じ動きを始めた。
「どうした、ラリア」
「マスター……聞こえるです」
「何だと」
「虫の羽根の音。大きい……」
「ロス君、近づいてくる。まっすぐだ」
森に目をやる。俺には何も聞こえない……いや、聞こえた。
なにかゾッとするような、不吉な、大袈裟な音が聞こえてくる。
音はしだいに大きくなっていく。近づいているのだ。
そして森の奥。
一瞬、ある一角だけ。空間が揺らいだ。
「ロス君、奴だっ!」
パンジャンドラムが素早く立ち上がりライフルを構えた瞬間、そいつが森から飛び出した。
同時に閃光。
空間の揺らぎが光弾を発した。
光は金属的な高音をたてながら、橋の中ほど、ちょうどホッグスやアップルが進んでいるあたりの手すりに着弾。小さな爆発を起こした。
「わあ〜っ!」
「な、何事であるか!」
兵士たちも色めきたった。槍を掲げ、宙を舞い飛ぶ不気味な空間の揺らぎを目で追う。
《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
俺は吊り橋へ駆けた。光弾がヒットした位置を中心に、手すりのロープが千切れ始めていた。吊り橋はたわみ、激しく揺れている。
「ゴーストだ! 散開! 魔法銃兵、狙えぃ!」
背後で副官が叫んだ。バラバラと動き出す兵士。魔法銃兵が、木の枝に止まったゴーストに一斉に銃口を向ける。
「てぇっ!」
SF映画のビーム銃のような電子音めいた音と共に、小さな黄色い光弾が射出された。4発。ゴーストは一瞬早く木の枝を飛び立ち、その後の着弾により木の枝や木の葉が弾け飛んだ。
「撃て、撃てっ!」
魔法銃兵が空中へ向けて乱射。橋を渡りきった1台目の荷車についていた兵も、対岸からゴーストへ向けて射撃している。
「わ〜、ロスさ〜ん!」
「は、橋が、橋が落ちるのである……!」
吊り橋の蔦やロープは切れ目が入ったことで強度を失い、そこを中心に崩壊が始まっていた。今や1本目の手すりは唸りをあげて千切れ飛び、負担のかかった補強の2本目もぶちぶちと悲鳴をあげていた。
着弾した片方のロープたちはついに限界を迎え、一斉に切れた。
いや、最後の1本だけ、こよりのように細くなりながらも耐えている。橋は大きく左に傾き、荷車の荷重が追い打ちをかける。
「ええい貴様ら、逃げろ! 橋を渡れ!」
「少佐、荷車は……」
「いいから行くのである!」
荷車を支えようとしていた魔法銃兵と牽引係を叱咤したホッグス。だが自身は荷車にしがみつき、走るに走れないようだ。
それはアップルも同じだ、恐怖のためかへたり込んでいる。俺は大人気なく叫んだ。
「少佐、アップル、逃げろ!」
「ロ、ロスさ……」
橋の足場も千切れ始めた。大きくぐらつく。ついに最後の1本が断裂。
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
跳ね飛ぶロープの両端に飛びついて、かろうじて捕まえた。俺の大胸筋と広背筋が雄叫びをあげ、吊り橋の崩落を支えている。筋肉は裏切らない? まったく名言だ。
「ぼ、冒険者、無茶である!」
「そう思うなら早く走れ!」
コートを袖まくりして露出した、人間ロープロス・アラモスと化した俺の前腕。血管がミミズのように荒れ狂っている。
1度は逃げ始めた魔法銃兵と牽引係が、戻ってきて荷車を引き始めた。いいアイディアだ。その重い物を早くどこかへやってくれ。何だったら川に落としてもいいぞ。
元の崖では、魔法銃兵とゴーストの戦闘が続いていた。
しかし縦横無尽、高速で飛び回るうえにほぼ透明で視認しづらいゴーストには、兵たちの魔弾はかすりもしていなかった。そうしている間にもゴーストが光弾をブッぱなし、地面に小さな爆発を起こし人々を吹き飛ばしている。なす術もないように見えたが……。
しかしそこにはパンジャンドラムがいるのだ。
《パンジャンドラムはオルタネイティブ・ヒューマンのスキルを発動しています》
「見える……そこぉっ!」
小柄なドクロ仮面は空中へ向け素早くライフルを構えると同時に発砲。
とても雑な動きに見えて、狙いは神がかった正確さだった。飛び回るゴーストの透明な姿に的確にヒットしたらしく……ゴーストが爆発した。
「え、なに……? 炸裂弾じゃないのに……?」
「今だ、撃てぇっ!」
爆発したゴーストを見て首をかしげるパンジャンドラムをよそに、一瞬空中で動きが止まった妖精へ、魔法銃兵が一斉射撃を加えた。
4発。すべて着弾。ゴーストはやはり小爆発を起こした。
「やったか……⁉︎ よし、少佐をお助けしろ!」
岩顏の副官が叫ぶ中、ゴーストを包む煙が晴れていく。
そこには、透明の術を解除した、あるいは維持できなくなったらしい妖精の姿があった。
「おいおじさん、やってないよっ!」
「あん? 何だと……わっ、何かいる!」
空中にホバリングしているそいつ。
これまでに見てきた他の妖精よりもやや大型。
蝶のような羽根ではなく、甲虫のような黒い外殻をともなう透き通った4枚の羽根。
人間の子供のような姿に、背中から虫の腹のような丸っこい物が伸びている。オレンジと黒のラインが彩られ、危険を表すサインのように見える。
スズメバチ。
そう連想させる尻尾を持つそいつは人間の顔をしていて、兜をかぶっていた。
中世イタリア風の、長く尖ったひさしを持つ兜。左右からはクワガタの顎のような角を生やしている。そこはクワガタなのに、頭頂部には尻尾を持ち上げたトンボの彫像が取り付けられている。精密で凝った作りだが統一性がない。
そしてそいつの顔。
整った、かわいらしい子供の顔。
兜からこぼれ出るエメラルドグリーンの髪。
しかしその表情は歯を食いしばり、眉を吊り上げ、瞳をカッ開き、まるで仁王像のように怒りに満ちていた。
ミニチュアサイズの剣と丸盾を持った手もプルプル震えている。
そして、そいつは言った。
「きッさまらーーーーッ! まだこのあたりをウロついてやがッたのかーーーーーーーーーーーーーッ‼︎」




