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第百一話 異世界縁起


「かつて、この世界を支配していた種族があった。それはエルフの一種であったという。エクストリーム・エルフと呼ばれる種族だ。かの種族は今とは比べものにならないほど進んだ魔法の知識と、科学の技術を持っていて、天空から地を統べたという……その伝説を聞いたことは?」


 俺は首を横に振る。


「ふっ……たしかに貴殿はおとぎ話が似合わない顔をしているな。それで……エクストリーム・エルフの時代、ヒューマンの中に3人の賢者が現れた。当時ヒューマンは今より知能が劣っていて、エクストリームをはじめとしたエルフたちからは下等な種族と考えられていた。しかし三賢者がヒューマンを導き、次第に力をつけていった。やがてヒューマンとエルフたちの間に戦争が起こり……」


「ヒューマンが勝利した?」


「いや。本当に知らないのだな。その恐るべき戦争により、地上のほとんどの生物……ヒューマンもエルフも、死に絶えたという」

「では我々は何だろう?」

「伝説、というより歴史においては、我らはその戦争の生き残りであると言われている。もう何千年も前の話だよ」


 この世界の歴史は初めて聞いたが、SFチックな話だった。それでいて斬新さも感じない。天と地の不毛な争いが、不毛の世界を造り出した。ヒンドゥー神話やローマ神話と似たり寄ったりだ。


「途方もない、ロマンチックな話だと思わないか?」

「いいや。昔、誰かがいて、何かをやっていた。そして今も誰かがいて、何かやってる。いつだってそうだ。それで? その伝説とあなた方の任務に何の関係が?」

「我らの任務は、その古代の戦争で魔女や三賢者が用いたとされる、失われたヒューマンの文明を探しだすことだ」


 ツェモイはそう言った。


「失われた文明……」

「そうだ。私が率いる団は三賢者のうち魔女の遺物を捜索する任務を賜った。……と言っても、三賢者の遺物のうち発見の可能性が高いのは魔女の物だけで、大きな予算を割いて活動しているのは魔女狩り部隊だけだが」


 俺がツェモイの端正な顔を眺めていると、その視線に気づいたか彼女が振り向く。


「三賢者のうち、魔道具や魔術式を用いてヒューマンを導いたのは魔女だったのだ。他の二賢者は知恵や道徳、あるいは直接的な奇跡を起こしてヒューマンを助けた。だから目に見える形として遺されているのは、魔女の携わった物だけだろうと考えられている」


 俺は言った。


「このピクニックは本来あなたの団が主導だと話していた。俺たちの行く先にそれがあるということだろうか」

「ああ。と言うよりは、我らは1度そこに到達しているのだ」


 ツェモイは前方を。おそらく双子山があるのだろう方向を見つめて言う。


「双子山の麓に、魔女が遺した屋敷がある。我ら騎士団は以前それを発見したのだ。大手柄だったよ。だがこれから本格的な調査を始めるという時に……」

「妖精?」

「そうだ。凄まじい攻撃を受けて、撤退を余儀なくされた。そして再度魔女の屋敷への進行について計画を練っていた時」前方の帝国軍を顎でしゃくり、「彼らが首を突っ込んできた」


 槍やライフルを持ち、整然と行進する帝国軍の兵士の後ろ姿。

 得体の知れない肉塊を運び山を目指す彼らのことを、同じ帝国の軍人だろうに他人ごとのように話すツェモイ。


「そりが合わないのか?」

「我ら騎士団員はみな貴族の出身でね。と言っても、様々な理由で家督を継ぐ立場にない者が集まっているだけだが。今前を歩いている部隊……率いている将校は、平民の出身だ」

「ホッグス少佐か」

「彼女は平民出の成功者の筆頭と言えるかもな。オルタネティカ帝国では身分に関わらず有能な人物を出世させるシステムがある。誰でも簡単に……とはいかないが。

平民出の成功者は貴族生まれの者と違い、出自ではなく自らの力で階級を乗り越えたという自負があるのさ。それでこちらは何とも思っていなくとも、向こうの方で線を引いてくることもある」


 同じ帝国の臣なのにな、とツェモイはため息をついた。


 騎士団の目的は魔女の遺物。平民上がりの少佐の目当てはジェミナイト。

 前者はおとぎ話の世界観の中に生きていて、後者は泥にまみれて肉体労働の予定。いつの時代、どこの場所であろうと、不変の理というものがあるのだろう。


 ツェモイの視線はいつしか頭上の茂みではなく、前方を向いていた。その視線の先にはあの銀髪のホッグスがいるのだろう。


 俺は尋ねた。


「その魔女なんだが……生きているということは?」

「な、なに?」


 ツェモイは俺を2度見した。俺は言った。


「魔女さ。君たちは魔女狩り部隊だそうだが、まるで生きている魔女を追っているようだと感じてね」

「ふふ、生きているとしたら、出会えれば大発見だな。何千年も昔の人物だぞ、エクストリーム・エルフでもあるまいに。魔女狩り部隊はただの通称さ」


 バンダナで口元は隠れているが、目を細めてくつくつと声を漏らすツェモイは本当におかしそうに俺を見ていた。

 そしてまた頭上の監視を始めた。どうやら俺は荒唐無稽な田舎者と思われたのかも知れない。


「軍のことなんだがな。よそ者の俺が言うのもなんだが、どの道目指す方向は同じだ。同じ敵に対応するなら、人数は多い方がいい」

「多すぎて混乱するだけかも知れないぞ」

「弾除けにはなるさ。話せて楽しかったよ」


 俺はツェモイのそばを離れ、先頭方向へ向かうことにした。

 隣を歩くパンジャンドラムが話しかけてくる。


「ナンパ?」

「そう見えたか?」

「美人だからね。それに、残りのメンバーも」


 そう言って彼は後ろを振り返る。

 やや遠ざかりつつある最後尾の騎士団。メンバーは全員女性だった。


「あんまり女には深入りしない方がいいよ」

「だがファンタジー物語を聞けた。まさに異世界って感じだな」

「オレはもうここには飽きたよ。早く地元に帰りたい。夏休みの課題全部放り出してここにいるんだからね」


 なにやら隊列の行進が停止した。

 肉塊の荷車を通りすぎ、先頭近くの一団に近づく。

 そこには銀髪のホッグス、岩顏の副官。そしてそのそばにアップルがいた。


 そばを通りかかると、アップルはこちらを振り向きにっこりと笑った。


「ロスさん〜、それにパンジャンドラムさんとラリアさん〜」

「どうして立ち止まってるんだろう」


 横からホッグスが、「見てわからんか」と前方を指した。

 見れば先頭の冒険者たちが、必死に鉈を振り回しブッシュと格闘している。

 どうも荷車を通すスペースを確保したいらしかった。


 ふと気づくと、ホッグス少佐が俺をジト目で睨んでいた。


「まったく。貴様も参加したらどうなのだ? 肉体労働を他の冒険者任せにして、自分はお喋りなどとたるんでいるのである。規律というものがまるでない」

「アップル、方向はこちらで合ってるいるのか?」

「聞け」

「たぶん〜……双子山はあそこに見えてますし〜」


 アップルは前方の空を指差した。

 今いる場所は大木が少なく、空の晴れ間が葉から覗いている。アップルの指す先に、双子山の頂上から煙が出ているのが見えた。


「運撃草を焚いてますから、妖精の幻術攻撃は受けてないはずです〜。だから素直にこの方向へ進めば〜」

「おい冒険者!」

「何かな少佐」

「さっさと作業につかんか!」

「指図を受けるいわれはない。俺は君に雇われているわけじゃないし、ギャラについての交渉すらまだやってない」

「何を……!」

「だいたいアップルだって冒険者だろう。俺と彼女で扱いが違いすぎないか? 俺が君たちと違ってスカートが似合わないからといって差別はやめろ」

「な、さ、差別だと⁉︎ 私は差別などしないのである! ただインティアイス氏はガスンバの専門家! 頭脳労働者に肉体労働をさせても効率が下がるだけなのである!」


 アップルを見下ろすと、彼女は大きな瞳を右回りにくるりと回した。


「我々帝国軍がジェミナイトを求めていた時、インティアイス氏がガスンバの双子山に鉱山が存在する可能性があるとアドバイスしてくれたのである。貴様のような流れ者と、変な仮面の」

 パンジャンドラムを見ながら、

「小男や、獣人などとは違うのである!」

「今差別はしないと言ったばかりでは? 獣人の何が気にくわない」

「あっ! い、いや今のは……その」


 俺はため息を1つつくと、遠くに見える双子山を見やった。


 結局のところ、俺たちもこの件に関して何かしらの決着を見ない限り、ゴースラントヘ行くことができないのは変わりない。

 肉体労働。結構なことだ。ひょっとしたら《剣聖(ソードマスター)》のスキルを使えば捗るかも知れない。

 俺は右手のひらを上に向け、


「誰か鉈を貸してくれ」


 そう言いつつ、何となく双子山との距離を測ろうと考えた。


《レーザー測距計のスキルが発動しました》


 まああまり意味はないだろうと思う。ここから見えるのは山頂だけ。頂上、先端までの直線距離がわかっても仕方がない。


《計測不能。レーザーが直進しません》


 誰かが俺の手に鉈を乗せたらしい。だが俺は山頂に目をやったまま首をかしげた。

 隣にいたパンジャンドラムのそばにかがんで、彼に尋ねる。


「……君は《レーザー測距計》のスキルを使えるか?」

「え? 《スポッター》のこと? うん、こないだ話したと思うけど……まあ便利だよね、あれ。風速や湿度も測れるから2km先のリンゴでも銃弾当てる自信あるよ。そこまで弾が飛ぶ銃があればだけど」

「あの山に使ってみてくれないか」

「え、いいけど」


 ドクロの仮面とヘルメットを装着したパンジャンドラムが山を見上げた。

 数秒して、俺と同様に首をかしげた。


「……なんだろ? 直進しないって何よ……?」


 俺は再び山頂を見据え、


《ウェイブスキャナーのスキルを発動しました》


 波動の反射をもとにして、頭の中に周囲の地形が作られていく。

 ここは森の中。脳内には、普通ならいくつかの円、もしくは半円が点在する地図ができるはずだ。つまり、木の幹に波動が反射すればだ。


 たしかにそれは脳内地図に描かれていた。

 俺を中心に天の川のようなラインを作る無数の丸。兵士たちだ。さらにその周囲に、木や草の形。

 だが問題は……それは俺たちの、周囲およそ25メートルほどしか表記されていないことだ。

 しかも双子山を眺めながらスキルを発動させたが、山の地形が浮かばない。


 その理由は……壁だ。


 《ウェイブスキャナー》の図形は、俺たちが円形の壁に閉じ込められていると語っていた。

 周囲を見渡しても、何の変哲もない森の風景があるだけなのに。

 だが脳内では壁があることになっているのだ。

 俺は言った。


「やれやれ」


《ザ・マッスルのスキルが発動しました》


 手にした鉈を双子山の山頂めがけて投げた。

 くるくると縦回転する鉈は山頂方向へ吸い込まれていき……空間にめり込んだ。


「あ〜っ⁉︎」

「な、何であるか⁉︎」


 双子山が映っていた空間が、鉈がヒットしたあたりを中心にカーテンのように揺らいだ。そしてやはり布のようにはらりと落ちていく。

 その向こうに双子山はなかった。

 ただの空だった。


「幻術だーっ!」

「ば、バカな⁉︎ 運撃草を焚いていたのに……!」


 口々に叫ぶ兵士たち。それと同時に、周囲の森からキャーキャーと甲高いわめき声が散発的にあがった。

 妖精たちだった。

 複数の妖精たちが、大慌てでカーテンをたぐり寄せている。


 妖精は昨日見た者とは少し様子が違った。

 栗のような木の実を頭からかぶっているのだ。それは大きな物で、妖精の上半身をすっぽりと包み込み、栗から手足が飛び出ているような形だった。


「変わったファッションだ。今年のガスンバではああいうのが流行してるのか?」

「う〜……たぶんガスマスクです〜……考えてきたんですね〜!」


 兵士たちが罵りながら槍を振り回し、妖精たちを追い立てる。森のイタズラチルドレンたちはやはりキャーキャーと騒ぎながら逃げ散っていった。


 隊列が向いている方向から右手を見やる。

 双子山の頭はそちらから覗いていた。


「あっちが本命だな」

「わ〜、ロスさんすごいですね〜」


 俺はホッグスを振り返り、


「ギャラの分の仕事はできたかな?」


 ホッグスは少女のように口を尖らせ、頬を膨らませていた。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] がたがたした集団は妖精がでっち上げた世界を進む。夢と実益を掴むべく。それが双子の山に在ると信じて。森を行く。
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