第九十九話 ジェミナイト
「俺たちの正式な……任務上の呼び名は、ジェミナイト鉱山探査団ってことになってる」
冒険者ギルド、ガスンバベース支部。
他の建物とさして変わりばえしないバラックに案内されると、ローレルがそう切り出した。
部屋中央のテーブルについた俺の正面にローレルが座っている。その隣には、ツェモイ騎士団長が座っていた。
ローレルは衣服のポケットから何かの石ころを取り出すと、テーブルの上に転がした。
「目的はこれだ。ジェミナイト」
黄色い、宝石の原石のような石だった。
「何だろう?」
「ある種の魔道具に使われる魔石さ。この石は不思議な性質を持ってて、離れた所でも石同士で共振し、情報を伝え合うことができる」
俺が黙ってローレルの顔を眺めていると、彼は石を手に取り眺めながら話した。
「面白いものでな。この石にある魔法をかけると、これを持ってる限り離れた者同士で情報を共有できるようになる。複数の人間の頭の中で、簡単に意思の疎通が可能になるんだ」
ツェモイが咳払い。
「……ローレル殿。私は思うのだが、ひょっとしてこちらの御仁はオルタネティカからの冒険者ではないのでは? ベースの冒険者であれば説明するまでもなくとっくに知っていること……」
「ああ、そのことなんですが……」
「ジェミナイトの魔法通信は帝国の……大仰に言えば軍事機密。そうそう部外者に漏らされては、こちらとしても困るのだが」
そう言うと、ツェモイは俺に向き直り、
「ご挨拶が遅れた。私はオルタネティカ帝国騎士団魔女狩り部隊隊長、エレオノーラ・ツェモイという者。貴殿について少しばかり聞きたいのだが、よろしいか?」
何と答えようか考えた。
彼女はとても気になる言葉を口にした。
魔女狩り。
それについて尋ねたい衝動はあったが、先に質問をしようとしているのは彼女の方だ。
「何が知りたいんだろう?」
「貴殿のご出身は」
「……タイバーンの林」
「なぜこのガスンバに?」
「ゴースラントヘ行くところだった。サッカレーから南のドランディアスとかいう国へは、どこぞの国のおかげで通行できないと言われた。だからガスンバを通って南へ」
「……タイバーンの港を使えばよかったのでは? 我がオルタネティカと国交がある。我が国の港までであれば行けただろうに。そこからさらにゴースラント大陸まで我が国の船が出ているよ」
「あそこには会うのが気まずい女がいてね」
そこでローレルが噴き出した。
「しかも、6人もだ」
「くくく、隅に置けないな」
ツェモイは少し俺たちを交互に睨んでいたが、咳払いをして、
「……なるほど。それで、サッカレーからガスンバへ入ったと」
「こいつはアップルに連れられてベースにやってきたんですよ。アップルがオークに襲われて、その時こいつと仲間が助けてくれたそうで」
「ほう、オーク……腕が立つのだな」
「それしか取り柄がない」
俺はタバコを取り出した。残り5本。
「誰か火を貸してくれないか」
「今は遠慮してもらおう。それにしても、アップル殿を助けてくれたというのなら、私からも礼を言わねばならんな」
タバコをくわえたまま何もできずにいるロス・アラモスを、ツェモイが眺めやった。
「彼女はガスンバの大森林に詳しい。探査団の大森林踏破も、彼女の知識がなければどうにもならないからな」
「今でも充分どうにもなっていないようだが」
俺の言葉にツェモイが眉をひそめた。
ローレルも、さっきのナントカ言う少佐も、そしてアップルも、この探査団は大森林で立ち往生し退くも退くもできないでいると話していたのだ。
ローレルが言った。
「そこなんだよ……。探査団はジェミナイトの鉱山があると言われる双子山を目指してる。このベース設営までは、アップルの案内によって順調に進んだんだ。しかしここまできた時、妖精の攻撃が始まった……それは聞いたか?」
「……たぶん」
「……道に、迷わせてくるんだ。双子山へ進むと、奴らの幻術でいつの間にかベースに戻ってきちまう。何度行っても、結果は同じだ」
「我々は」ツェモイが言った。「1度撤退しようと考えた。持ち込んだ物資にも限りがある。しかし体勢を立て直そうと元きた道を引き返すといつの間にか……」
俺は言った。
「ベースにいる……というわけか」
2人はうなずいた。
「完全に閉じ込められたんだ」
「もうかれこれ20日、さ」
俺はくわえたタバコを手に取って、
「これはどうだ? アップルの話によれば、妖精たちはこの匂いを嫌って近づかないそうだが」
「2つ、問題がある」ローレルが言った。「1つは、運撃草のストックも残り少ないってこと。もう1つは……」
彼は忌々しそうに頭をかいた。
ツェモイがそれを眺めていたが、ローレルの代わりに俺を向き直り言った。
「運撃草が効かない個体がいるのだ」
俺はツェモイに尋ねた。
「効かないとは?」
「普通、妖精たちは運撃草を焚いている時は姿を見せない。だがその個体だけは、運撃草を焚いている時にだけ現れる。運撃草を持つ者を率先して攻撃してくるのだ」
「恐ろしい奴だよ。姿が見えない。高火力の魔法を撃ってくる。運撃草を焚かなきゃ道に迷うが、焚けばそいつが襲ってくる。他の妖精はただイタズラしてくるだけだが、そいつだけは明確に攻撃してくるんだ。匂いがする以上、気づかれずに移動するってのも無理だし……」
俺はアップルと会った時のことを思い出した。
たしかあの時。空間を歪めた何者かが、爆弾のようなもので攻撃してきた。
……昨夜も誰かそんな話をしていなかったか? デジャブというやつだろうか。まるで酔っ払いの話のように同じところを巡っているようだった。まあいい。俺は尋ねた。
「その個体とやら……ひょっとして透明の奴だろうか? 光の魔法か何かを飛ばしてくる……」
「そうだ。見かけたのか?」
「ああ。アップルがオークに襲われていた時俺の仲間が助けに入ったんだが、その時に木の上から攻撃してきたよ」
「てことは、」ローレルが言った。「その時アップルが運撃草を?」
「俺たちが駆けつけた時はもうオークとモメていたからその場ではわからないが、ただ彼女は運撃草を持ってはいたな」
「まったくあの子ときたら! そういうことになるから単独行動はするなっていつも言ってるのに……いやあ、ロス。本当にいい時に来てくれた! おまえがいなければアップルはどうなっていたことか……本当にありがとう!」
テーブルに身を乗り出して、俺の手を強く握り礼を述べるローレル。
俺はツェモイの、白銀の鎧に目をやりながら言った。
「あの透明の奴、何匹もいるのか?」
「……どうだろうな。とにかく顔が見えないものでな。個体の判別がつかないので、単独か複数かもわからないのだ。ただ、出現する時は必ず1匹で攻撃してくる」
「さっきの銀髪の女、軍人だそうだが」
ローレルが答えた。
「ああ。この探査団は帝国軍の主導で……」
ツェモイが、そんなローレルをやや睨みつつ口を挟んだ。
「……本来は我ら魔女狩り部隊が主導だったのだが……」
「てしょうね。でもジェミナイトの鉱山探しは、ホッグス少佐の任務でしょう」
2人のやり取りに、今度は俺が口を挟む。
「つまるところ、ベースには騎士団と、軍隊と、冒険者が多数いるということだな。それで……1匹だけの妖精に手こずっている?」
ツェモイかよそ見をして眉をしかめた。ローレルが言った。
「……すでに多数の負傷者が出てるんだ。凄まじいバケモノだよ。もうみんな最近はベースの外へ出るのも億劫がってる」
ツェモイが言った。
「ま、何にせよそういうわけだ。貴殿は大変な時に、このベースへやってきたということだよ。この問題が解決しない限り、貴殿らもまたゴースラントヘは行けないということだな」
肩をすくめたツェモイ。
頭をかきむしるローレル。
俺は言った。
「やっぱり火を貸してくれないか」
ローレルたちとの話を終え、昨夜寝泊まりしたバラックの前に戻ると、謎めいた人物がいた。
金属製のドクロの仮面とヘルメットをつけた何者か。背は低く、ライフルを背負っている。
ドクロ仮面はもう1人。そいつはライフルの者よりもやや背が低い、細身の子供。ヘルメットもかぶっておらず、コアラのような灰色の耳が覗いていた。
ライフルのドクロ仮面が言った。
「どう? ロス君これ。似合う?」
「パンジャンドラム、どうしたんだそれは」
「売店で売ってたんだ。紙袋はズレるからね」
「マスター、カッコイイですか?」
「いい味出てるな。ラリアもか」
「買ってもらったですよ」
「ロス君、何の話してきたの?」
俺は支部のバラックへ行く前に座っていたテーブルにつくと、ローレルとツェモイから聞いた話を2人に伝えた。
「いやそれ昨日アップルちゃんも言ってたけどね」
「いじわる妖精です……!」
「それで……どうするの?」
「進むにせよ退くにせよ、運撃草が切れる前にやらなければならないそうだ。だがタバコを目の敵にする厄介な奴がいる限り、犠牲者が出る」
「うーん……となると……」
「この問題が解決しない限り、俺たちも南へは行けなさそうだ」
「ん……そもそもオレたち、このベースがガスンバのどこなのかもあんまよくわかってないしね……ということは……」
「……俺たちもオリエンテーションに参加する必要があるな」
腕組みしたパンジャンドラム。それを見て真似するラリア。
「じゃあ、騎士団とギルドの今後の計画は?」
「どうやら手をこまねいていて、特にないようだ」
「マジで……?」
「彼らが言うには、アップルが大森林に詳しく彼女を中心に計画を立てているようだ。……とりあえずアップルに会ってみよう。それからどうするのか考える。何か俺たちにもできることがあるかも知れない」
パンジャンドラムは肩をすくめた。それを見て真似するラリア。ずいぶん打ち解けたらしい。
俺たちはテーブルを離れ、アップルを探しに出かけた。
ラリアを左腕に掴まらせ、バラック同士の間を歩いていく。
「ギルドのバラックにいるのかな? ここって、オルタネティカ帝国とか言う国の騎士団と、軍隊がいるんだよね」
「騎士団と軍を別個に考える必要はないとは思うがな。そもそも軍の中での所属が騎士団なんだろう。騎士は馬に乗るから騎士だ。バイク部隊のようなものじゃないか」
「雑だねその考え方……騎馬の人だから騎士って、それ日本語の表現じゃないの? それにしてもなんか、あの人たち仲悪そうだったじゃん」
先ほどのテーブルで呑んだくれていた時のことを思い出す。パンジャンドラムも見ていたようだ。
「足の引っ張り合いは組織の花形さ」
食堂の中を覗いてもいなかったので通り過ぎ、バラック群によって太い十字路が形成されている場所にたどり着く。
十字路には武装した一団が整列しているのが見えた。
各々が手にした槍が整然と天に向いている様は物々しく……そこから喧騒の声が聞こえてきた。
「ホッグス少佐、待たれよ! 何の計画もなしに行軍するは無謀!」
言い争う声だった。片方はツェモイの声だ。
十字路に入る。
左の方が先頭らしい。そちらを見やると、隊列の先頭でスーパーモデルと見まごうスタイルのツェモイとホッグス少佐が睨み合っていた。
そのそばに、小柄なアップルがちょこなんと佇んでいた。




