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18.ウソつき


誰かが嘘をついている。

それは……。




 多くの人たちが眠る深夜。ここは、セルシュヴァント魔法帝国の帝都セードルフの王宮。

 第一王子のブルームハイトは、夜遅くまで自室で仕事をしていた。第一王子とはいえ、実質的には王の代行まで行っていた彼は、この国の誰よりも多忙だと言えた。魔法の明かりで照らされた机の上で、たくさんの書類に目を通してはサインをしている。


 ふと気配に気づいて背後を振り返ると、そこには黒いマントを羽織って目が隠れたマスクを被った長身の男性が立っていた。ブルームハイトはペンを置き、ふぅと息を吐く。


「……なんだ、サクか」

「おいおいブルームハイト、せっかくこっそり忍び込んだってのに、驚きもしないのかよ」

『ほんっとよねー! ブルームハイトってば相変わらず!』

「おやおやイータ=カリーナ。久しぶりだな、相変わらず美人だ」

『あたしにその褒め言葉は効きませんよーだ!』


 イータ=カリーナにあっかんべーをされ、苦笑いを浮かべるブルームハイト。ペンを机に置くと、改めて立ち上がって手を差し出す。


「久しぶりだな、サク、イータ=カリーナ。会いたかったよ」

「三年ぶりかな。あんたが冒険者を辞めてから、なかなか会う機会が無かったしな」

「まぁ俺はサクと違って『二十一英雄』に選ばれなかったわけだしな。あれで冒険者引退を決意したわけだし」


 実はブルームハイト、十年前の″最果ての迷宮″に挑む最終候補まで入っていたのだ。

 ただ、結果的にメンバーには選ばれなかった。その理由として、セルシュヴァント魔法帝国が世継ぎを失わないよう裏で手を回したためと言われているが、真相は定かではない。


「選ばれようがなかろうが関係ない。あんたは一流の冒険者だったよ」

「ありがとよ、最強の魔術師にそう言われたら俺でも嬉しいさ。……それでサク、今日は何の用だ? わざわざお前がここに来たわけだ、何かあったのだろう?」

「なぁに。たいした用じゃないんだが、ちょっと届け物をな」


 パチンと指を鳴らすと、サクの前に黒い空間が生じた。中から人がどさりと溢れ出てくる。こぼれ落ちたのは、失神したガーランドだ。

 意識を失ったままの弟の姿を見て、ブルームハイトは「あぁ」と頷くと、二人に頭を下げる。


「どうやらうちの弟が迷惑をかけたみたいだな、すまなかった」

「別にいいさ。代わりにお土産は頂いたしな」

「……《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》か、弟が勝手に持ち出したやつだな。まぁ仕方ない、もともと手に余るものだったから封印してたわけだしな。ってことは、お前の夢の役に立つ・・・・んだろう?」

「大いに役立つさ。ありがたく使わせてもらうよ」


 それだけ伝えると、サクはヒラヒラと手を振って部屋の窓際に立つ。


「じゃあ俺はそろそろ帰るとしよう。またな、ブルームハイト」

『まったねー!』

「じゃあな、我が友サク、イータ=カリーナ」


 三人はそれぞれに別れの言葉を交わす。次の瞬間には、もうサクたちは消え去っていた。

 ブルームハイトはふっと微笑むと、失神したままのガーランドに視線を向ける。


「……ふぅ。まったく、ダメな弟を持つと苦労するな。でもそこがまた可愛かったりするんだが、俺のダチに手を出すとは随分とマヌケな真似をしたもんだよ。とはいえ、手痛い授業料は払ったみたいだがな」


 そう呟くとブルームハイトは、机の上に置いていた呼び鈴を鳴らし、ガーランドを運び出すために従者たちを呼び寄せたのだった。



 ◇



 ラストはひとりバルコニーに立って、星空を眺めていた。空には雲ひとつなく、余すことなく星の輝きを映し出している。

 空の頂点には、綺麗に輝く星の川──サク曰く″天の川ミルキーウェイ″が、圧倒的な存在感で鎮座していた。


「綺麗だな……」


 呟きながらラストが思い出すのは、先日の出来事。

 サクの活躍により、ガーランドの襲撃は失敗に終わって、スピリアトスは無事に成人の儀を迎えることができた。


 成人の儀を迎えて以降、スピリアトスはますます男らしくなった。なんでも「女装しなくて良くなったことが精神的に救いになっている」とのこと。

 本当か嘘かはわからないが、日々精力的に国政に携わる姿は、実に頼もしいとラストは思っていた。


 襲撃をした側のガーランドとノーフェースの行方は不明だ。二人ともサクが連れ去ってしまったからだ。

 ガーランドについてサクは「もう悪さをすることはないだろう」と言っていたし、ノーフェースについてはもともと操られていただけなので大丈夫だと語っている。

 ノーフェースの失われた両腕も、サクが守護者アステリアを使って両腕を蛇にするより良い方法を伝授したらしい。傍迷惑な奴だが、サクが「根は悪い奴じゃないし、頭の中も少し弄ってある」と言っていたので問題ないだろうとラストは考えている。……本当に問題ないのか?


 マリィとフリルは相変わらずラストの側にいる。

 マリィは以前よりもずいぶんと精神的に大人になった。幼い面を残していた彼女が立派になったものだとラストは思う。きっと乗り越えるべきものをたくさん乗り越えたからだろう。

 フリルは……まぁ相変わらずフリルだ。

 ただ本人曰く「新しい世界がたくさん開けた!」と嬉しそうに語っていた。なんだか良からぬ感じがするのは気のせいであれば良いのだが、とラストは苦笑いを浮かべる。


 そしてサクとイータ=カリーナは、あの日から姿を消していた。

 大惨事の後片付けをしたあと(なんとあれだけ破壊した森を全部元に戻してしまったのだ!)、ガーランドとノーフェースを連れて彼らはラストの前から立ち去ってしまったのだ。

 去り際に「少し用を片付けたら、報酬をもらいに行く」と言っていたので、近いうちに現れるとラストは考えていた。

 ただ、最近の”白楼宮”の話題を独占していた美女メイド”サクラ”が突如いなくなってしまったことで、宮中はずいぶんと落ち込んでいた。

 特にスピリアトスなどは「サクラにはぼくのサポート役になって欲しかったのになぁ」などと残念がっていたものだ。


 弟よ、お前が惚れていた相手は男だぞ。とはラストはついぞ口にすることはなかったが、おそらく弱みを握ったこの姉に、純粋な弟が敵うことは当面無いように思われる。



 ラストは、夜風に当たりながらぼんやりとそらを眺める。

 サクはあの川を「膨大な数の星の集まり」と言っていた。さらにはそこに旅立って行きたいとも。


「……妾も行きたいな、星の果てに」

「ほう。姫様も星の海が好きかい?」


 ふいに背後から声をかけられても、ラストは慌てることは無かった。落ち着いて振り返ると、黒い服を着た長身の男が立っている。その横には黄金色の髪の美女の姿も。


「サク、イータ=カリーナ。帰ったのか」

「まぁな。少し寄り道したせいで、思っていたより時間を食っちまった」

『ただいまー。ラスト、元気だった?』

「ははっ。イータ=カリーナ、元気も何もまだ何日も経ってないだろう?」


 数日ぶりの再会を喜ぶ三人。だがラストには彼らが来た目的がわかっていた。


 サクに対してラストが出した依頼は『スピリアトスの成人の儀を無事に過ごさせるための護衛』であって、すでにその依頼は達成されている。

 あと残されているのは、彼に報酬を渡すことだけだ。


 ラストはバルコニーから室内に戻ると、机の上に置いてあった皮袋を手に取る。そのままバルコニーへと戻ると、手すりにもたれかかって空を眺めるサクに手渡した。


「……これは?」

「お主への報酬だよ」


 袋を開けると、中には鈍く光る魔水晶が入っていた。サクが無造作に取り出して片目で鑑定し、「うん、十億エリル、確かに受け取った」と呟くと、そのままぞんざいに懐に放り込む。

 その様子を確認して、ラストは二人に笑顔を向けた。


「さぁ、これで約束通りの報酬は支払ったな。サク、イータ=カリーナ。お主達には本当に感謝してもしきれないほど……」

「いや、姫さん。まだ全部の報酬を頂いてないぜ?」


 サクの言葉に、ラストはピタリと話を止める。

 彼女には、サクの言う残りの報酬の意味はわかっていた。だが、残念ながらその報酬は簡単には渡せないものであった。

 ラストはわがままを言う子供をなだめ諭すような表情を浮かべ、サクに語りかける。


「妾を困らせるようなことを言うな、サク。本当はおぬしもわかっているのであろう?」

「なにがだ?」

「妾の持つ二つの【秘術の門】を、お主に渡すことができないということを、だ」


 二人の間に、冷たい夜風が穏やかに吹き抜けていった。




 ラストの持つ【秘術の門】《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》と《最高の接吻メルヴェイユ・ヴェーゼ》は、いずれもがラストにしか使うことができない術──すなわち”血界秘術”である。そしておそらくは、さすがのサクでさえ″血界秘術″を盗むことは不可能であった。

 なぜなら、通常の【秘術の門】と違い、”血界秘術”はその人固有に与えられた能力なので、他の人が使うことは決して出来ないからだ。


「……ということで、さすがの”怪盗ネームレス”でも、こればっかりは盗むことはできないであろう?」


 改めてそのことを説明した上で、諭すような言葉を口にしたあと、ラストは申し訳なさそうにサクに頭を下げる。


「サク、イータ=カリーナ。お主たちを騙すようなことをしたことを詫びる。妾はそのことがわかった上で、お主に依頼をしたのた」

「……つまり、確信犯ということか?」

「そうだ。本当に申し訳なかったと思っている」

「なぜそんなことをしたんだ?」

「こうしないとお主は依頼を受けてくれないと思っていたからだ。妾はお主が怪盗ネームレスであることも、【秘術の門】を求めていることもすべて《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》で知ったいた」


 ラストが語ったのは、驚くべき事実。

 だがサクはあらかじめある程度察していたからなのか、さほど驚く様子を見せない。

 冷めた目をしたサクに対して、ラストは改めて頭を下げる。


「だから……詫び代わりとして、術をお主に使用することで勘弁してもらえないだろうか」

「スピリアトスじゃないが、女になるのはもうこりごりだぜ?」

「わかっておる。これからお主に対してもう一つの【秘術の門】──《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》を使ってみせようぞ」


 そう言うと、ラストは着ていた服をするりと脱ぎ捨てる。

 躊躇いも見せずに全裸になるラストに、呆れた口調でサクが諭す。


「おいおい、また全裸かよ。おまえさんの持つ術は全部素っ裸なんだな」

「そういう制約なのだから仕方のなかろう。妾とて嫁入り前の生娘、恥じらいだってある。さぁ、それでは聞こう。お主の見たい未来の映像はなんなのだ?」


 ラストは、サクの瞳をまっすぐに見つめながら問いかけた。




 ラストの″血界秘術″である《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》は、未来を見通す【秘術の門】である。ラストはサクに、見たい未来を見せると説明した。

 ただ、信じられないような効果を持つ秘術がゆえに、使うには甚大な犠牲を伴うものでもあった。そのことを、ラストはサクには語らずに質問を促す。


「お主がこの術を求める理由が何なのかは知らぬが、遠慮するな。何でも聞くといい」

「……見たい未来に制約はあるのか?」

「あまりにも漠然としたものだと見れない。なるべく具体的であるほうがいい」

「わかった。だがその前に、俺はあんたに一つ聞きたいことがある」

「……なんだ?」

「《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》を使用する際、あんたはどんな犠牲を払うんだ?」


 サクの思いがけない質問に、ラストは言葉を失ってしまった。



 ◇



 サクが問いかけたのは、《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》を使う際の術者への負担についてだった。″血界秘術″は、魔力の代わりに何らかの代償を術者に求めるからだ。

 しばらくは押し黙っていたラストだったが、サクの強い瞳に押し切られるように重い口を開く。


「なぜ……それを問う」

「なんとなく、気になってな」


 サクはしばらく待ったものの、やはりラストは答えようとしない。

 業を煮やしたサクが、少し怒りの気配を漂わせながら口を開く。


「いいか、ラスト。【秘術の門】ってのは、普通は膨大な魔力を使う。だが”血界秘術”は別だ。比較的使用魔力は少ないことから、守護者アステリアと契約しなくても使えることが多い。あんたがまさにそうだな。ただし、その代わり大きなリスクが伴う」


 ラストはやはり答えない。


「たとえば俺の《異次元空間どこでもドア》は、ほぼノーリスクで使える。その代わり俺は最初に甚大なリスクを払った。いや、そのリスクの代償にこの能力をもらったと言ってもいいかな」

「サク、お主が負ったリスクとは……」

「『異世界転移』。もしくは『亜空間移動』。俺の世界では『神隠し』なんて呼んでたがな。ようは俺は、自分がいた場所から異なる場所に強制的に転移させられたんだよ。その理由もきっかけも分からないままにな」


 実はサクは、幼き頃に異なる場所からこの世界へと強制的に″飛ばされ″た。理由も原因もなにも分からず、いきなり飛ばされたのだ。

 気がつくとサクは、何も知らないまま一人でこの世界にいた。その代償として、前代未聞の″血界秘術″だけを携えて。


 サクの話を聞いて、ラストは深くため息を漏らす。


「サクが以前言ってたのは、そういう事だったのだな」

「ああ。俺はたった一人でこの世界に飛ばされたんだ」

「……辛かったな、サク」

「別に。こっちでもいい奴にはたくさん出会えたしな」

「そうか、お主は強いんだな。それに対して妾は……」


 遠い目をするラスト。そんな彼女に、サクは優しい声で語りかける。


「なぁラスト、いい加減に言えよ。お前のリスクは何なんだ? 身体がちっこいことに関係してるのか?」

「それは……」


 ラストが改めて口を開きかけた、そのとき。

 ぶはっ。

 嫌な咳とともに、ラストの口元が赤く染まる。


 ──ラストが、大量に血を吐き出したのだ。



 ◇



「おい、ラストっ⁉︎」


 慌てて駆け寄ったサクが、ぐらりと揺らぐラストの肩を支えた。自分が着ていた上着を脱ぎ、ラストの肩にかける。

 だがラストはそっとサクを押しのけたあと、ふらふらと机の方へと歩いていき、ハンカチを掴んで口元を拭うと、壮絶な笑みを浮かべた。


「ふふふ、サクでも慌てることがあるんだな。天下の大泥棒、怪盗ネームレスを驚かせたんだ。妾も捨てたものではないな」

「無駄口を叩くな、どうしてこうなったのか教えろ!」

「……本当はもうわかってるんだろう? これが、妾に課せられた″血界秘術″のリスクなのだよ」


 幼女の外観をした姫は、赤く染まった口元を無残に歪める。


 そしてラストは、サクに掛けられた服をかき抱くと、自分が背負った宿命について語り始めた。

 それは、輝かしい伝説を持つ【ウルの巫女】の、呪われた歴史についてでもあった。


「妾は二つの″結界秘術″を持って生まれた。これはラウラメント=ウル王国の歴史の中でも稀有だ。もっとも、《最高の接吻メルヴェイユ・ヴェーゼ》の制約はたいして厳しくはない。ある条件を満たした相手に一日一度使えるだけだ。だが……《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》は違う」

「……寿命か?」


 氷のように冷めたサクの確認に、ラストは頷く。


「ああ。それと『成長』を奪われる。妾は本来であれば、妙齢の美女なのだよ」


 ラストの見た目が幼女であることには理由があった。彼女は、秘術を使うたびに寿命と成長を奪われていたのだ。


「歴代のウルの巫女たちは、すべて短命だった。理由はこの代償のせいだ」

「……普通は、どれくらい生きれるものなんだ?」

「持って二十歳までといったところかな」

「だったらなんであんたは生きている?」

「難しいことじゃない。妾はもう五年以上《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》を使っていないのだ」


 あっけらかんとした口調で、ラストはとんでもない事実を暴露した。だがそうなると、大きな疑問が残る。


「……おかしいな。俺の記憶が正しければ、『ウルの女神』は年に一度、占いをして国の未来を見るんじゃなかったのか?」

「あぁ、妾はもう五年前から予視はしてない。予知については妾がすべて適当に考えて答えていたよ」

「ぶっ!」


 まさか、一国の未来を視る占いを適当に答えていたとは。その大胆な答えに、サクは思わず吹き出してしまう。


「姫さん、あんたやっぱり豪胆だな。まさか一国の未来を適当に済ますとは」

「……まぁ、妾には妾の事情があったのでな」


 遠い目をするラストに、サクは落ち着いて確認する。


「ラスト、あんたは俺に仕事を依頼するとき、スピリアトスが死ぬ未来を見たと言ったな? もしかして、あれもウソなのか?」

「……」

「五年間ずっと秘術を使ってないと言ったな。だがあんたは今回の未来を知っていた。俺のこともな。それは一体どういうことなんだ?」

「……」

「いい加減にしろ。ラスト、あんたは五年前──最後に術を使ったとき、何を見たんだ?」

「妾はな、自分が死ぬ未来を見たのだよ」


 サクの度重なる追及に観念したラストが、ついに重い口を開く。それは、彼女が己が死ぬ未来を見たという事実であった。


「サク、妾はお主にたくさんのウソをついていた。以前語った妾が見た未来というのもウソだ」

「……一体全体どこまでがウソなんだ?」

「全部ウソだ。スピリアトスが死ぬのもウソだし、マリィが倒れるのもウソ。妾はな、全部知っていたのだよ。あの日あの場所にお主が来ることも、ガーランドをあっさりと打ち破ることも、おまけに今日お主がここに現れることもな」


 ウソであるとあっさりと告白された内容は、あまりにも衝撃的なものであった。サクは何も言わずにラストをじっと見つめている。


「騙してすまなかった。だがな、妾はそれでも……お主に会いたかったのだ」

「……なぜウソをついた」

「言ったら、雇われてくれたか?」

「理由になってない。俺は、なぜそこまでして自分が死ぬ未来にこだわったんだと聞いているんだ」


 確かにガーランドやノーフェースは強い。だがそこまで未来が見えていたなら、他にやりようがあったはずだ。サクはそう言ってラストを問い詰める。


 そのとき、それまで押し黙って追及を受けていたラストがふいに笑った。

 惹き込まれるような美しい笑顔だった。

 サクは、今の彼女と同じ笑顔を知っていた。あの″最果ての迷宮″で、戦友たちが最期に見せた笑顔と同じだったのだ。

 なんらかの覚悟を決めたものが最期に見せる、壮絶な笑み。

 嫌な予感にかられたサクが何か言う前に、ラストが口を開く。


「サク、お主は実は鈍感だったのだな」 

「……何だ、藪から棒に」

「理由は簡単だ。妾はな、予視で見たお主の姿に強く心惹かれたからだよ」



 ◇



 それは、まさかの告白だった。

 ラストの思いがけない告白に、サクは驚きのあまり目を見開く。


「……そいつは、なんの冗談だ?」

「信じれないのも無理はないか。実際、だまし討ちのようなことしているわけだし、本当にすまなかったと思っている。だがな、それでも妾は、どうしてもそなたに会いたかったのだ」


 ラストはまっすぐサクを見つめる。決してブレないその瞳は、彼女がいま語っていることが真実だと告げていた。


「実際、そなたと過ごしたこの一ヶ月はとても楽しくて幸せだった。妾が生きてきた二十三年のなかで、最も幸せだったと言ってもいい。いつまでも続けば良いと思っていた」

「……」

「この気持ちを人は恋と呼ぶのかな? 妾には分からない。だがもしそうであるなら、一目惚れというのかもしれないな。ふふふっ、妾はガーランドのことを笑うことが出来んよ。なにせ妾も一度予視で見ただけのお主に惚れてしまったのだからな」

「ラスト……」

「そもそも、花も恥じらう乙女が、ポンポン裸を晒したり、簡単にキスしたりすると思うのか? 本当にお主は朴念仁じゃな」

「……」

「知ってるか? 《最高の接吻メルヴェイユ・ヴェーゼ》の発動条件は、相手を好きになることなのだよ。簡単な制約だろう? だからこの術は、お主にしか使うことができない。残念だったな」


 そこまで聞いたところで、ようやくサクは口を開く。口から出てきたのは、残酷な質問だった。


「……それで、あんたはいつ死ぬんだ?」

「それが今日なんだよ、サク」


 あまりの回答に、絶句するサク。

 ラストは顔色一つ変えない。


 彼女は、とうの昔に知っていたのだ。今日この日、死ぬと。

 そして全てを受け入れていた。

 全てを受け入れたうえで、ここまでウソを演じてきたのだ。


 ラストの覚悟を承知したサクは、絞り出すような声を出す。


「……今日なのか」

「ああ。だが、《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》はあと一度は使える。つまり、お主に未来を見せて、妾は死ぬのだ」


 ラストにはもう迷いはない。ただ真っ直ぐな瞳でサクのことを見つめていた。

 清々しいまでに澄み切った表情を浮かべて、ラストは話し続ける。


「そなたが気にすることはない。もともと妾の死は確定事項であるし、そなたを騙した詫び代わりでもあるのだからな」

「術を使うから死ぬのではないのか? であれば……」

「見ての通り、妾の身体はもはやぼろぼろだ。既にかろうじて命を保っているだけに過ぎない。いずれにしろ、妾は今日ここで死ぬ運命に変わりはないのさ」


 さらさらと舞う髪を手で掬い、ラストは艶やかな笑みを浮かべながら両手を広げる。幼い身体つきながらも、その姿はまるで慈愛の女神のよう。


 そしてラストは、最後に改めてサクへと問いかける。


「さぁ、何を見たいか言ってくれ。妾は最後にお主の望む未来を見せよう。ウソつき姫のせめてもの贖罪だ。最期くらい──約束を守らせてくれないか」





次回、最終回。


『宙へ』



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