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17.最強の魔術師

 

 完全に焼き尽くされた辺り一帯を見て、ラストはあんぐりと口を開けていた。

 目の前には、地上最強の魔獣と言われる炎帝龍イグナテイア。城ほどの大きさがある巨大な赤黒い龍が、圧倒的な存在感で君臨している。


 炎帝龍イグナテイアと遭遇して、なぜ無事にいられるのか。その答えは、自分たちの周りにうっすらと貼られた膜にあった。

 この膜が、イグナテイアの吐く爆炎の猛烈な熱気からから守ってくれているのだ。ちなみにその膜は、なぜか失神したノーフェースにも適用されている。


 どうやらサクが【秘術の門】で炎帝龍イグナテイアを召喚し、かつ魔術で自分たちを守ってくれたらしいという事実を認識したのは、サクとイータ=カリーナがにこやかに龍の足を叩いている姿を見たときだった。


「ご苦労だったな、イグナテイア」

『さっすが炎帝龍ね。すごい火炎じゃない!』

『ぐふふっ』


 サクとイータ=カリーナに声をかけられ、巨大な赤黒い龍はぶわっと熱気を帯びた息を吐く。どうやらイグナテイアは笑ったようだ。


『やあヤマト、イータ=カリーナ。この前殴り合って以来だな。それにしてもお前はなぜ女の姿をしている?』

「別に理由なんてないさ。ただの暇つぶしかな」

『ふーむ、人間の考えることは実によくわからん。それにしても、ヤマトはワシをこの程度のことで呼んでよかったのか? この前なぞ、鱗を貰うためだけに呼び出しおったし。どうせなら国を滅ぼす時にでも呼べばよかろう』

「なにを言う。あんたみたいな強大な力こそ、どうでもいいささいなこと・・・・・・に使うべきなんだよ」


 麻痺を持つインプ数千体を”ささいなこと”と言うサクに、ラストは苦笑が漏れる。


『まあいい。お前の呼びかけには応えるというのが、お前との″門の契約″だったからな』

「すまないな。今度は″星への道″の実験をするときにまた呼ぶよ」

『承知した。さらばだ、我が友ヤマトとイータ=カリーナよ』

『ばいばーい』


 巨大な赤黒い龍の前に、さらに巨大な赤い門が現れる。最後に天に向かって炎を吐いて、炎帝龍イグナテイアは扉の奥へと消えていった。


 天災ともいうべき龍が去ったのを確認して、ようやくラストがサクのそばに寄って行き、素直な疑問をぶつける。


「……サク、これはいったいどういうことなんだ?」

「どうもこうもないさ。面倒だったから知り合いの力を借りただけだよ」

「知り合いって、サクは炎帝龍イグナテイアと知り合いだったのか?」

「ああ。とあることを条件に、力を貸してくれる契約をしてる」

「本当に……どれだけ規格外なのだ、サクは」


 もはやサクに常識は通用しないことを改めて痛感したラストであった。



 ◇



「さて、邪魔者もいなくなったことだし、盗賊らしくもう一つのお宝をいただくとしようか。なぁガーランド」


 インプたちを全滅にされ、茫然自失していたガーランドは、ビキニ姿の美女サクに声をかけられピクッと身体を揺らす。すでに興味を失ったのか、イータ=カリーナはラストの隣に残ったままだ。


「もう一つのお宝だと? まさか……」

「そのまさかだ。あんたの《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》を頂こう。そいつはあんたにはちと荷が重すぎる」

「ふ……ざ、けるな!」


 サクの小馬鹿にしたような発言に、ガーランドの焦点を失いかけていた瞳に火が宿り、一気に激昂する。


「荷が重すぎるだとっ⁉︎ この《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》はな、俺様が神に与えられた力なんだ! 俺様以上に相応しいやつなどいるわけがないっ!」

「ウソをつけ。お前、それをたまたま・・・・手に入れただけだろう?」

「……な、何を言う!」


 なんの根拠もなくウソつき呼ばわりされたにもかかわらず、動揺を示すガーランド。サクの全てを見透かすかのような瞳が、ガーランドの心を貫く。


「私は知っているのだよ。あんたが持ってるそいつ──《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》の鍵は、建国王アーガベルトがツィー=カフを使って封印していたもんだってな」

「ななな、なぜそれを、き、貴様がっ!」

「アーガベルトは《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》の威力を恐れ、王宮の地下に封印した。だがそれをお前は台無しにした。『支配の魔眼』の神才ギフトを使ってツィー=カフを支配し、封印されていた《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》を奪った。そんなことをしてまで手に入れた力が、本当に持ち主に相応しいと言えるものなのか?」


 サクが語り終えた時には、ガーランドの顔面は完全に蒼白となっていた。なぜなら、サクが発言したことがすべて事実であったからだ。


 実は《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》の鍵は、建国王アーガベルトが暗黒精霊ツィー=カフの力を使ってセルシュヴァント魔法帝国の王宮地下深くに封じ込められており、代々王家が封印を守っていた。

 だがガーランドは、ラスティネイア姫を手に入れるために力を欲した。その結果、封印を破ったうえで魔眼の力を使い、暗黒精霊の守護者アステリアと【秘術の門】の二つを手に入れていたのだ。


 もしセルシュヴァントの他の王族に知れれば、処刑されてもおかしくないような暴挙。

 幸い誰にも知られることなくここまで隠し通せていたので、ラスティネイア姫を手に入れることさえできれば、また封印しなおすことさえ考えていた。


 だが、ネームレスはすべてを知っていた。

 それだけではない。全てを知った上で、この力を奪いに来たのだ。

 恐ろしい。ガーランドは目の前の美女を心底怖いと思った。

 同時に、こいつだけは絶対に生かしておくわけにはいかないと考えた。果たして目の前の恐るべき魔術師を倒すことができるのか?


 ……いや待てよ。とふいにガーランドは考え直す。冷静に考えれば、自分は建国王アーガベルトが封印したほどの強力な【秘術の門】を持っているではないか。

 《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》は、自らの身体を雷と化すことで、相手の物理攻撃を受け付けなくなる。この能力は攻守に万能で、ノーフェースの《永劫回帰の蛇ウロボロス》ですら、ガーランドには届かなかったくらいだ。


 そうだ。この力があれば、たとえ相手が怪盗ネームレスでも勝てるに違いない。ガーランドの心に再び敵愾心が蘇ってくる。

 それに、地上最強の魔獣──炎帝龍イグナテイアは、もう帰還してしまった。

 確かに炎帝龍をも従えるネームレスは恐ろしい相手だろう。だが龍を相手に戦うよりも、人間の方がマシに違いない。


 このとき、ガーランドは致命的な勘違いをしていた。龍を従えるほどの存在が、龍以下であろうはずがないという簡単なことに気づけなかったのだ。


「ネームレス、恐ろしい奴だ。だが俺様の【秘術の門】は最強だ!」

「最強? お前のその雷がか? 似たような能力なら、私も持っているぞ」

「………………は?」


 ガーランドには、最初ネームレスが何を言っているのか理解できなかった。だが言葉の意味が心に浸透してゆくにつれ、衝撃が驚愕、そして恐怖に変わってゆく。


「ネームレス、まさか貴様……」

「例えばこれなんてどうだ? 《純水なる聖泉ピュリフィリッシュ》」


 ネームレスが右手を上げると、彼女の目の前に水色の扉が現れる。

 唖然とするガーランドの前で扉が開くと、次の瞬間にはサクの全身が、まるで液体のように変化を遂げたのだ。


「ほーら、このとおり。水々しいボディの完成さ。どうだ、セクシーだろう? あ、ちなみに他にも炎や金属のボディなんてのもあるぞ?」

「ば、バカな……」


 有言実行とばかりに、次々と体を作り変えていくネームレス。その姿を見せつけられ、気がつくと、ガーランドの全身はガタガタと震えていた。


 彼は自分こそが最高であり、自分の持つ【秘術の門】こそが唯一かつ最強であると信じていた。

 その自信が、あっさりと目の前で覆されたのだ。


「さぁ、じゃあ実際に戦ってみようか。まずはどれで試してみるかい?」 

「うわぁぁぁぁあっ!」


 ガーランドは絶叫すると、狂ったようにネームレスへと飛びかかっていった。



 ◇



 それからのガーランドとサクの戦いは、もはや見るも無残なほど一方的なものになっていた。


 絶叫しながら狂ったように何度も雷を放つガーランド。だが水や金属や、はたまた炎へと変化するサクの身体に、その攻撃が届くことはない。

 逆にサクの攻撃は、なぜかガーランドに届いた。瞬間移動を繰り返しながら、ガーランドを殴り付けると、「ぶべらっ!」と妙な声を出しながら吹き飛んでいく。


 その様子を眺めていたラストの横にいたイータ=カリーナが、つまらなさそうに呟く。


『あーあ、これで決まりかしらね。つまんないの』

「……なぁ、イータ=カリーナ。ちなみにサクは今いくつの【秘術の門】を使っているのだ?」


 ラストの問いかけに、イータ=カリーナは『んー、仕方ないわねぇ。特別よ?』と言いながら答えてくれた。


『とりあえず今使ってるのは四つかな?』

「四つ⁉︎ 四つも同時に使ってるのか⁉︎」

『ええ。そもそもサクは【七門】のうちの《傲慢》を常時起動してるわ。ちなみに《傲慢》は、己が認識する事象以外は受け付けないっていう破格の能力よ。そのおかげでさっきのガーランドの魔眼みたいなものは一切効かないし、雷と化した彼の身体を殴ることもできるの』

「……なるほど、それは破格だな。ではあの瞬間移動は?」

『あれはサクの″血界秘術″ね。一定距離内の任意の場所に瞬間移動できる能力よ』

「もしやその能力が、【怪盗ネームレス】が神出鬼没たる由縁なのかな?」

『ま、そういうことになるわね。あとは今使ってる《水》と……あ、《炎》に変えたわね。それと、近隣の人たちの記憶を操作するために《色欲》も使ってるわ。どうやらヤマトは、この戦いに関する記憶をすべて消すつもりみたい』


 言葉にならない、とはこのことだった。

 ある程度常識が通じないとは思っていたが、それにも程がある。まさか平気な顔をして【秘術の門】を四つも並行起動しているとは夢にも思わなかった。

 絶句しているラストを慰めるように、イータ=カリーナが声をかける。


『そんなにショックを受ける必要はないわ。あれだけの実力を持つサクだからこそ、あたしは彼の守護者アステリアになったんだし』

「あれは、イータ=カリーナが魔力を貸してるから成せる技ではないのか?」


 ラストの問いに、イータ=カリーナは首を横に降る。


『確かにあたしの魔力は無尽蔵よ。これはね、比喩ではなく文字通り無限なの。それが、あたしが″精霊王″と呼ばれる所以よ』

「無限……なのか。それは凄いな。ではサクはそのおかげであれだけの門を」

『いいえ、違うわ。いくらあたしが無限の魔力を与えたところで、使いこなせるかどうかは別よ』


 イータ=カリーナが説明するには、問題は魔力を使う側にあるらしい。いくら魔力があっても、使いこなせなければ意味がないと彼女は言う。


『精霊はね、魔力を持つけどそれをうまく使うことができないの。だからあたしたちは、人間に力を貸す。自分たちの力をうまく使ってもらうためにね』


 いつのまにかイータ=カリーナは、元の精霊王の姿に戻っていた。金色の髪を靡かせながら、まるで恋する乙女のような眼でサクを見つめている。


『人間たちは精霊のことを″魔力庫″っていうけど、実はね、あたしたちも同じようなことを人間に対して考えているの。あたしたちは、人間を″夢を叶える道具″と見なしてるわ』

「夢を、叶える道具?」

『ええ。さっきも言ったとおり、精霊は魔力を人間のようにうまく使いこなすことができない。だから精霊は、自分の目的と同じようなことを考えている人間を見つけて、魔力を貸す。そうすることで、精霊たちもまた自分の願いを叶えているのよ。そういう意味ではあたしたちお互い様よね』


 イータ=カリーナが語り始ったのは、人間と精霊との関係性。それは、人間たちに伝わっている話とは全く異なるものであった。


『あたしはこれまで、すごく長い年月を、どんな人間とも契約を結ばず過ごしてきた。それは、あたしの力を使いこなせる人間がいなかったってのもあるけど、それ以上に″あたしに興味を持たせてくれる人がいなかった″っていうのもあるわ』

「イータ=カリーナはどんな夢を持っていたんだ?」

『あたしはね、この世界に飽きていたの。だから、あたしをどこかへ連れ出してくれるような人を探してた。そんなときに現れたのがヤマトよ』


 二人が出会ったとき、ヤマトはイータ=カリーナにこう告げた。「俺は宇宙に飛び出したい。お前の力を貸して欲しい」と。


『ヤマトは口だけじゃなかった。実際に、あたしの無限の魔力を見事に使いこなしているわ。あたしが使ったんじゃあ、あんなに魔力を上手く使いこなせない。彼は天才なのよ』

「それは、イータ=カリーナが力を貸しているからではないのか?」

『その前提が違うのよ。あたしの力を最も有効に、そして最大限活用してくれるのがヤマトなのよ』


 実は二人が出会った時点で、既に十を超える【秘術の門】をサクは所有していたという。守護者アステリア無しでは人間は【秘術の門】を持つことが出来ない、という常識を覆す数だ。


「なぁ、お主たちはいったい幾つの【秘術の門】を持っているのだ?」

『そうねぇ、軽く百は超えるかしら?』

「なっ、百だとっ⁉︎」

『ヤマトとあたしはね、ある目的のために【秘術の門】を集めているのよ』

「ある目的……?」

『ええ、それはね……。あ、もう決着がつきそうかも』


 それまで横目でサクたちの戦いの様子を見ていたイータ=カリーナが、戦況の変化に気づいて視線を向ける。

 彼女の動きに合わせてラストも顔を上げると、それまで何度も殴り飛ばされていたガーランドが、ついに伏したまま立ち上がれなくなっている様子が目に入った。



 ◇



「はぁ、はぁ、はぁ。なぜだ……」


 口元から血を流し、荒い息を吐きながら地に伏せるガーランド。彼の心に浮かぶのは、悔しさと絶望、そして無念。

 彼は恐ろしかった。無敵と思っていた自分を、まるで虫けらのように扱うネームレスが心の底から恐ろしかったのだ。


「な、なぜ……なぜ貴様は、それだけの【秘術の門】を使えるんだ!」

「ふふふ、ガーランド。あんたは大きな勘違いをしているよ」

「……なっ⁉︎」

「そもそもあんたは【秘術の門】とは何だと思っているんだ?」


 突然のネームレスの問いかけに、戸惑うガーランド。


「何って……【秘術の門】は神が人類に与えた特別な力であろう⁉︎」

「その前提が間違ってるんだよ、ガーランド」


 そう言うとネームレスは目の前に手を差し伸べる。何もない場所に黒い空間ができ、そこに無造作に手を突っ込む。


「いいか、ガーランド。【秘術の門】とはな、術を構成する場所へと繋ぐ入口・・なのだ」

「……は?」

「分かり難かったか? では言い方を変えよう。【秘術の門】は、その先にある″何か″を召喚するための、空間を超えたなんだ。その道を整備する能力を持った大昔の誰かが、気まぐれで作り出したものが【秘術の門】なんだよ」

「言ってることの……意味がわからない」

「そっか、じゃあ実際に見せた方がいいかな。実はね、私もあんたと同様に″血界秘術″を持っている。私の持つ能力はね、『【門】を自在に作れる』というものなのだよ。ほら、この通り」


 言うが早いか、ネームレスは生まれた黒い空間の中に飛び込む。するとガーランドのすぐ真横に黒い空間が生まれ、そこからネームレスが飛び出してきたのだ。


「うわぁっ⁉︎ く、空間移動かっ⁉︎」

「そのとおり、これが私の″血界秘術″──《亜空間移動どこでもドア》と呼んでいるが、こいつは実は原理的には【秘術の門】と変わらない。つまり私は、【秘術の門】を作ることが出来るんだよ」


 ネームレスにそう言われても、ガーランドはその言葉の意味を理解することがまったく出来なかった。脳が言葉に追いついてないと言った方が良いかもしれない。

 だが次にネームレスが取った行動で、ガーランドは嫌でもその言葉の意味を思い知らされることになる。


「たとえばあんたの《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》。その門が『天空の果ての雲の生まれし場所』に繋がっていることが、あんたの術式を解析して分かった。座標さえ分かれば、私だってその術を再現できるんだよ。……ほら、どうだい?」


 バチッ、バチバチッ。

 次の瞬間、サクの全身から稲妻が発され始める。

 その様子は、まさにガーランドの《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》そのものだ。


「なんだ、と……」

「ま、もっとも疲れるから、【秘術の門】の鍵があったほうが楽なんだけどな」


 ネームレスはそう言って笑うと、雷と化した身体を元へと戻す。ガーランドは信じられないものを目の当たりにして、まるで酸欠の魚のように口をパクパクとさせていた。


「ネームレス、きさまはなんという……」

「ちなみに【秘術の門】がもっとも魔力を消費するポイントは、門を開く際にある。つまり、門さえ簡単に開けられれば、さほど魔力を消費することはなく使用することができるのさ。そういう意味では私は″血界秘術″のおかげて比較的低コストで門を開けられる。だから私は【秘術の門】をいくらでも使えるってわけ」


 ──詐欺だ、そんなの勝てるわけがない。

 ──こいつは、正真正銘バケモノだ。

 ネームレスが気軽に話す内容の半分も理解出来なかったが、ガーランドはそのことだけは十分理解することできた。


 ──格が違いすぎる。

 同時にガーランドは絶望した。気がつくと涙を零していた。しかも足元が、股間から漏れ出た暖かい液体で満たされていく。


「さぁ、ということであんたの持っている《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》の鍵を差し出してもらおうか?」


 そんな彼に、ネームレスは微笑みながら手を差し出してきた。

 ガーランドの顔が、絶望に染まる。


 次の瞬間、ガーランドは「ふわぁぁぁぁあっ!」と声を上げると、体全体を稲妻へと変化させ、そのまま飛び立とうとする。なんとガーランドは逃げ出そうとしたのだ。


 だがネームレスは無情にもガーランドを踏みつけた。「ふぎゃあ!」と情けない声を上げて、ガーランドは完全に失神してしまった。


「ったく、バッチいなぁ。勘弁してくれよ」


 ネームレスの身体からピンク色の煙が吹き出し、やがて全身を覆い尽くす。

 しばらくして煙が治ったときには、黒い服に身を包んだ黒髪長身の男──サクが立っていた。


「さて、仕上げといきますかね。……″東の地の果て、最果ての迷宮の最奥に在りし七つの原罪の門がうちの一つ。出でよ、業魔な強欲の掌よ。″ 解放--《強欲の腕アバリティア・マーモン》」


 サクの手の前に門が現れ、そこから人外の何かの手が具現化してゆく。まるで赤い腕に長い爪の、まるで鬼のような手は、真っ直ぐとガーランドに向かっていくと、そのまま胸元にめり込む。

 血が出るわけではなく、何の抵抗もなしに体内へと入り込む鬼の手。

 やがて手は、何かを掴んで出てきた。握りしめていたのは、どうやら鍵のようだ。


 サクが鍵を掴み取ると、鬼の手はまるで空気に溶けるように消えていった。

 同時に、ガーランドの周りに黒い女神──彼の守護者であったツィー=カフが姿を現わす。


『きぃぇぇえ……』

『解放してくれてありがとうって言ってるわ』

「そうか。じゃあイータ=カリーナ、そいつに好きに生きるように伝えてくれ」

『わかったわ』


 イータ=カリーナから何かを伝えられたツィー=カフは、礼を言うようにサクの周りをクルクルと回ると、『きぃぇぇえ!』と叫んでそのまま何処かへ飛んで行ってしまった。


 あとには、白目を剥いて失禁して失神したガーランドだけが残されていた。


『……サク、どうするのこれ?』

「さて、どうしたもんかね」


 イータ=カリーナの問いかけに、サクは思わず苦笑いを浮かべると、助けを求めるようにラストへと視線を向けたのであった。





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