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16.怪盗ネームレス

 

 ──【怪盗】ネームレス。

 彼は世間で最も名の知れた盗賊だ。しかも様々な伝承を伴って、義賊として広く世間に認知されている。


 彼が最初にその名を広めたのは、今から十年も前のこと。

 悪逆の限りを尽くしていた、とある貴族の家に侵入し、盗賊行為を行ったのだ。

 そして、その際に残したメッセージがこうだ。


『お宝はいただいた。名無しの盗賊より』


 盗んだものは不明。だが、その貴族が極めて悪評が高く、またネームレスが侵入して以降に彼の悪事が発覚してしまい、その後失脚してしまう。

 このことから、市井のものたちはかの盗賊を義賊ネームレス、または怪盗ネームレスと呼ぶようになった。


 彼が残した伝説は数多い。

 侵入した場所は王宮や貴族の館、はたまた大商人の家まで幅広く、しかも相手は評判の悪いものばかり。

 盗まれたものは不明。正確には、盗まれた人が何を盗まれたのか一切明らかにしなかった。

 場合によっては予告を行った上で犯行に及ぶ。その姿を見たものはいても、捕まえられたものはいない。

 ゆえに様々な噂が蔓延し、中には「可憐な令嬢の心を盗んだ」「しがない警備員との絆の逸話」など、荒唐無稽な英雄伝説まで生まれる始末。


 やがて″怪盗ネームレス″の名は、知らないものがいないほど有名となり、世の中の人は彼を義賊と呼んで喝采した。


 これだけ有名な怪盗であったことから、その名を語る偽物も数多く生まれた。だがそのほとんどが偽物とすぐにバレるか、もしくは捕まった。

 なぜなら、本物には決定的な特徴があったからだ。


 ──それは、彼が″神出鬼没″である事実にある。


 【怪盗】ネームレスは、どこから現れてどこに去っていくのか、誰にもわからなかった。姿を捉えても、すぐに見失ってしまうのだ。


 どんなに警戒されていても、どんな手を使っても、ネームレスの尻尾を掴むことはできない。

 ゆえに彼は、【神出鬼没の怪盗ネームレス】と呼ばれていた。



 ◇



「怪盗ネームレス、だと?」


 ラストが口にした名を聞き、ガーランドが目の前に現れた美女を睨みつける。

 まさか、伝説の怪盗がこの場に現れたというのであろうか。だがガーランドは目の前の美女がネームレスだと、にわかに信じることができなかった。なぜなら”怪盗ネームレス”は男であると伝わっていたからだ。


「先ほど忌々しいメイドを抹殺したというのに、今度はハレンチなやつが現れたものだな。しかも怪盗ネームレスを名乗る女など……」

「別に、こっちとしてもそう名乗ってる訳ではないんだがな。周りが勝手にそう呼んでいるだけだ」

「ふんっ。偽物が、偉そうに」

「偽物はそこに転がっている不審者だろう? おかげでこっちはいい迷惑をしているんだ」


 失神しているノーフェースをあごで指し、肩をすくめる怪盗ネームレス。

 まるで男のように砕けた口調や態度には違和感があるものの、抜群のスタイルにビキニ姿の美女という組み合わせに、ガーランドは状況も忘れて思わずゴクリと生唾を飲み込む。


「まぁいい、お前が本物だろうと偽物だろうと関係ない。俺様の前に出てきた以上、ひれ伏させてやる! 《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》──″神雷の裁き″」


 問答無用で放たれたのは、雷の槍。恐るべきスピードでネームレスへと迫っていく。さきほどのサクラの時と同様に、触れた瞬間炸裂してしまうのではないかと思われた。


 だが、摩訶不思議な現象が発生する。

 ネームレスの姿が消えた・・・のだ。


 目的を失った雷の槍は、そのまま森の奥へと飛んでいき、すこし離れた場所で爆発を起こしていた。

 目の前で人が消えるという現象を目の当たりにし、稲妻がはじけ飛ぶ様子をながめながら呻くように口を開くガーランド。


「消えた、だと?」

「別に私は消えてないよ」

「なっ⁉︎」


 思いがけない場所──真後ろから女性の声が聞こえ、ガーランドがぎょっとして振り返る。彼の背後には、薄ら笑いを浮かべる美女の姿があった。消えたはずの怪盗ネームレスだ。


「ど、どういうことだ? なぜ……」

「ガーランド。私はね、ここに用があって現れたんだよ」

「用……何の用だと言うのだ?」

「盗賊がやることなんて決まっている。お宝を頂きに来たんだ」

「宝? 宝なぞどこにある?」

「知らないのか? 怪盗ネームレスが頂くお宝はただ一つ。【秘術の門】さ」


 そう言うと、ネームレスはガーランドの目の前から再び消えた。瞬きすらしていないというのに、先ほどと同様にいきなり消えたのだ。

 慌てて視線を巡らすと、少し離れた場所──ラストの隣にネームレスの姿を見つける。

 この一瞬で、彼女はかなりの距離を移動していた。しかも雷を操るガーランドにさえ動きを察知させずに、だ。


 これはいったいどういうことなのか。

 混乱するガーランドを無視して、ネームレスはラストに話しかける。


「ということで、あなたの【秘術の門】を頂きに来たよ、姫」

「……やはりお主がネームレスだったのだな、サク・・

「おいおい、名乗ったつもりは無いんだけどなぁ。せっかくの演出が台無しじゃないか」

『ねぇねぇ! あたしもいるわよぉ!』


 ネームレスの後ろに突如現れたのは、金髪にレオタードというゴージャスな美女の姿をした守護者アステリアだ。

 ネームレスにあやかってか、口元を薄く透き通るヴェールで覆い、チューブトップにパンツ姿を晒している。

 いくら姿形を変えていても誰なのか一発で分かってしまい、ラストは思わず苦笑いする。


「イータ=カリーナ、それでは変装になってないのではないのか?」

『えー? せっかく頑張ってイメチェンしたのにそれは無いんじゃない?』


 イータ=カリーナは頬を膨らませて抗議の意を示すが、そう答えてしまっては、もはや正体を認めたようなものである。ネームレス──すなわちサクは諦めたかのように肩を竦める。

 だが知らぬものまで知られるわけにはいかない。ネームレスはマントを翻し、スピリアトスとフリルの前に素早く移動する。

 二人は抱き合いながら「きゃっ!」と声を上げた。どう見ても女の子同士にしか見えない。


「さぁ、良い子は寝る時間だよ。″乙女の花園より、猛りしものを鎮める花よ来たれ″ 。開花──《記憶の花ナルコレシアス》」


 サクがパチンと指を鳴らすと、スピリアトスとフリルの前に小さな扉が出現した。中からスミレのような花がぽんっと飛び出すと、二人の前で弾ける。

 すると、いきなり二人は前のめりに倒れこんでしまった。サクの【秘術の門】により、深い眠りへと落ちてしまったのだ。


 完全に崩れ落ちる前に二人を抱きとめたサクが、まだ体の自由が利かないマリィや失神したノーフェースの横に優しく寝かしていると、ラストが探るように声をかけてくる。


「サク、二人を眠らせたのか? というか、今使ったのも【秘術の門】なのか?」

「さぁてね。でもしばらくは良い夢を見れるだろうさ」


 とぼけるサクではあるが、このときラストは驚きを通り越して戦慄していた。

 先ほどの戦闘から含めて、サクは【秘術の門】を複数使っていた。いや、正確には【秘術の門】しか使っていないのだ。

 このことは、同じ【秘術の門】の使い手であるラストには到底信じられないことであった。


 普通の人間にとって、扱うことのできる【秘術の門】はせいぜい一個か二個。二つ扱えるラストですら、非常に大きなリスクを抱えていた。

 だが、目の前のこの美女はどうだ。さっきからまるで息をするように軽々と無数の【秘術の門】を使っているではないか。


 それだけでも恐るべきことなのに、さらにサクは【七門】と呼ばれる神をも屠る超威力の【秘術の門】を所有している。

 もはや同じ人間と思えない。サクは、彼女の知る常識から完全にかけ離れていた。


「サク、お主はいったいいくつの【秘術の門】を使うことが出来るというのだ?」


 背を向けてガーランドの方へ向かうサクに対してかけた、ぽつりと呟くようなその声は、小さすぎてサクに届くことはない。

 もっとも、声が届いたところで彼は無視したであろうが。



 ◇



 怪盗ネームレスことサクが、自分の方に歩み寄る姿を認識して、ガーランドはようやく己を取り戻す。


 彼は本物の怪盗ネームレスを見たことはないが、王族などのごく限られたものだけが知る情報を持っていた。

 それは、『怪盗ネームレスが盗んでいるものは【秘術の門】である』という事実。


 世間には決して明かされていないが、【怪盗】ネームレスは【秘術の門】を盗む。しかもその多くは、持ち主によって所有していること自体が隠匿されていたものであった。


 【秘術の門】は、存在自体が極めて危険であることから、通常であれば厳密に管理され、使用自体が制限される。だが稀に、己の私利私欲のためこっそりと利用する悪者もいた。

 そういったものたちが持っていた【秘術の門】を、怪盗ネームレスは奪っていたのだ。


 悪用していたという後ろ暗さからか、被害者たちは何を盗まれたのかを口にすることは決してなかった。ゆえに『ネームレス=義賊』説が広がっていったのは皮肉としか言いようがない。


 だがガーランドは知っていた。ネームレスがただの義賊などではなく、【秘術の門】専門の盗賊であることを。

 同時に理解していることもあった。【秘術の門】を盗むことなど、簡単にはできないのだ。


 実際彼は様々な偶然から《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》を手に入れていたものの、もう一つ【秘術の門】を持てるかというと、答えは否といえた。

 なぜなら、【秘術の門】を持つには、人の身体に制約、というより限界があるからだ。


【秘術の門】を所持するには、ある例外・・・・を除いて・・・・、基本的には莫大な魔力が必要となる。求められる魔力量は、普通の人間にはとうてい所持できないほどだ。

 不足する魔力を補うため、術者たちは守護者アステリアと契約を結ぶ。彼らの魔力を得ることで、ようやく【秘術の門】を所有するだけの魔力を持ち得るのだ。


 ガーランドは、セルシュヴァント魔法帝国の地下に封印されていた闇の精霊ツィー=カフをとある秘奥義・・・・・・で手に入れ、その力を借りることで、なんとか《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》をモノにすることが出来ていた。

 だがもう一つは無理だ。完全に容量キャパ不足。


 であれば、【怪盗】ネームレスはどのようにして【秘術の門】を盗んでいるのか。その答えは誰も持ち合わせていなかった。

 本来であれば盗めるはずがないものを盗む。この事実が、ネームレスを追うものにとって神出鬼没と並ぶ大きな謎となっていた。



 しかるに、とガーランドは思考を巡らす。目の前のネームレスを自称する美女は如何であろうか。

 先ほどは目の前から消え、瞬間移動をしていた。さらには偽ラスティネイア一行を、簡単に眠りへと誘った。恐らくこれらの力は【秘術の門】なのだと考えられる。


 複数の【秘術の門】を使い、しかも【秘術の門】を奪いに来たと宣言した。ということは、この女はもしや……。

 目の前に突きつけられた事実を踏まえ、ガーランドはようやく一つの結論に達した。


 ──自分は、本物の怪盗ネームレスと対峙していると。


 マントをはためかせながらゆっくりと歩み寄ってくるビキニ姿の美女。

 本物の怪盗ネームレスと認識することで、圧倒的な威圧感を感じ、ガーランドの背筋に冷や汗が流れ落ちる。


 だが、待てよ。そのとき彼はあることに気づく。もしこいつが本物であるなら、ヤツを倒せば自分は英雄になるのではないか、と。

 しかも自分には最強の【秘術の門】《神撃の雷燼ラディヴィナコメディア》がある。さらには、秘奥義ともいうべき手段も持っている。

 であれば、たとえ相手が【神出鬼没の怪盗ネームレス】であっても、負けることはないのではないか。


「く、くく……ふははっ!」


 ガーランドは笑った。笑うことで、怯えていた己の心を鼓舞する。

 確かにラスティネイア姫を得るという、彼の長年のは不発に終わった。かなり危ない橋を渡って手に入れた力であったが、全てが無駄に終わるところだった。

 ところがいま、目の前には怪盗ネームレスがいる。彼を討ったとなれば、自分は有り余る名誉を得ることができるではないか。


「怪盗ネームレス!」


 ガーランドは叫ぶ。やるならば先手必勝だと、心を決めて。

 持てる全てを使う。出し惜しみなどしない。


「もし貴様が本物だというのなら、俺様は貴様を討って名を上げよう! 死して我が糧となれ! さぁ、ツィー=カフ! あのものを数で押し切るのだ! 」


 神出鬼没であるならば、数で圧倒すれば良い。

 そう考えたガーランドは、既に千を超える数に膨れ上がったインプたちを、一斉にネームレスへとけしかけた。

 黒き女神ツィー=カフが『きぇぇぇえ!』と声をあげると、一斉にネームレスを取り巻き始める。


 これだけの数に取り囲まれれば、ネームレスとて簡単には逃げきれない。加えてガーランドは雷の槍も手に持つ。絶対に逃がさないための陣容が出来上がってゆく。

 そしてネームレスの動きをその場に縫い付けたところで、己の持つ秘奥義・・・を解き放つのだ。


 二重三重にも張り巡らせた、究極のトラップ。これならば、相手がたとえ″神出鬼没のネームレス″だろうが、絶対に勝てるであろう。

 ガーランドは己の考えた作戦で勝利を確信する。


 無数のインプによるネームレス包囲網が完成する。さすがのネームレスも、これだけの数のインプに囲まれれば逃げる隙間もないようで、先ほどのように消える気配はない。

 そしてこの状況こそが、彼が待ちわびていたタイミングだった。


「俺様を見ろ! ネームレス!」


 満を辞して発されたガーランドの呼びかけに、ネームレスが視線を向ける。交錯する、ガーランドとネームレスの視線。

 その瞬間、ガーランドは──彼にとっての最大究極の秘奥義を解き放った。


「俺様の意のままになれ! 血界秘術── 《支配の魔眼レクトルオクトル》!」


 ガーランドの瞳にキラリと光る魔法の門が浮かんだ。続けて瞳の奥の門が開き、ネームレスがその瞳を覗き込んだ途端、ピタリと動きを止める。


 ガーランドが使用したのは、彼が生まれつき持つ【秘術の門】 《支配の魔眼レクトルオクトル》だ。これら血筋で使える【秘術の門】は″血界秘術″と呼ばれ、神才ギフトの一種と考えられている。


 この魔眼は、ガーランドが望む相手を二人まで、己の意のままに操ることができるという恐ろしい能力を持っている。副作用として一度使用すると半年は使えないというデメリットもあるが、彼は切り札としてこの能力を隠し持っていた。

 かつて建国王アーガベルトは、この支配の魔眼を用いて二体の守護者アステリアを操っていたという。そしてガーランドは、建国王の血を引くものとして、貴重な神才ギフトを天から与えられていたのだ。


 ガーランドはこの能力を用いて、精霊ツィー=カフと魔術師ノーフェースを操っていた。だが今回この能力を使用するに当たり、ノーフェースの支配を解除している。マリィにも負けて失神したノーフェースなど、もはやなんの役にも立たないと考えたのだ。


 ガーランドの瞳が、確実にネームレスを捉えた。

 完全に動きを止めるネームレス。


 よし、魔眼が決まった。確実に支配できた。

 身動きしないネームレスの様子を眺めて、ガーランドは勝利を確信する。


「くくく、我が瞳に囚われたなネームレス。さぁ、その右手を上げよ」


 右手をゆっくりと上げるネームレス。ガーランドの笑みがさらに深くなる。


「では次は、俺様の前に跪け! そしてご主人様と崇めるのだ!」

「……ふふ。ふふふっ」

「なっ⁉︎」


 完全に己の瞳に囚われ、自我を失っているはずのネームレスが突如笑い出したことに、ガーランドは戸惑いを覚えた。

 なぜこいつは笑う? 俺様のギフトが効いたのではないのか?

 やがて堪えられなくなったネームレスが、「あはははっ!」と、腹を抱えて笑い出した。


「き、貴様っ! 何がおかしい!」

「あははは、いやぁすまん。あまりにあんたの顔が百面相のようにコロコロと変わるのが可笑しくてさ」

「なんだと……?」

「衝撃、絶句、恐怖、自信、高慢。これほど短時間で顔色が変化するのは、見ていて実に滑稽だな。つい騙されたフリをしてしまったよ」


 口元を隠しながら笑うネームレスの発言により、ガーランドは認めたくない事実を認めざるを得なくなる。

 彼の秘奥義である 《支配の魔眼レクトルオクトル》は、ネームレスには全く効いていないという事実を。


「バカな、なぜ俺様の″血界秘術″が効かない……」

「さて、何故だろうね?」

「くっ、き、効かないのであれば実力行使をするまでだ! ツィー=カフ! インプどもに仕掛けさせろっ!」


 秘奥義が無駄に終わった以上、ガーランドに出来ることは限られている。ガーランドの発狂寸前の命令を受け、それまで待機させていたインプたちが一斉に飛び掛かる。


 小鬼たちの爪や牙がネームレスに届く寸前、ガーランドの耳に聞こえてきたのは、歌うような詠唱だった。


「″溶岩滾る洞穴に潜みし爆炎の王よ。盟約に従い姿を表せ″。召喚──《豪爆の火炎龍皇サモンイグナテイア》」


 次の瞬間、ネームレスを中心に炎が爆発した。



 ◇



 まるで大地を焼き尽くすかのような猛烈な爆炎に、ガーランドは思わず顔を覆った。

 吹き飛ばされ、激烈な炎に焼かれ、次々と魔化していくインプたち。

 爆風に必死に耐えながら、薄ら目を開けたガーランドは信じられない光景を目撃する。たった一度の爆発で、一割以上のインプが消滅していたのだ。


「な、なにが起こったんだ……」


 驚き震えるガーランドの前で、巨大な炎の竜巻が渦巻いている。やがて巻き上がっていた炎がゆっくりと鎮火していき、何かが姿を現した。

 現れたのは、巨大な真っ赤な扉だ。炎を模した門がゆっくりと開き、中から赤黒い何かが顔を出す。


 ──それは、赤黒い鱗を持つ龍の頭であった。

 ──とてつもなく巨大な赤い龍が、門の中から姿を現したのだ。


「ば、ばかな! あれはまさか……」


 灼熱の赤き鱗を持つ巨大な龍の姿は、ガーランドにとある存在を思い出させた。

 だがその存在は、いくら【秘術の門】であっても呼び出せるとは到底思えない存在であった。

 なぜならその龍は……。


「──炎帝龍イグナテイア!」


 きぇぇぇえぇぇえ!

 ガーランドの呼びかけに答えるかのように、超巨大な魔獣は雄叫びを上げた。



 ◇



 炎帝龍イグナテイアは、ガーランドの知る限り″地上最強の生物″のひとつである。

 遠く南の海に浮かぶ火山島の中に生息し、千年を超える年月を生きた伝説の魔獣。吐き出す息は岩をも気化させ、硬い鱗は隕石さえも弾き返すという。


 存在は古くから知られており、つい先日などは冒険者ギルドに『炎帝龍の鱗一枚三億エリル』という依頼者不明の馬鹿げた依頼が出ていたくらいだ。

 しかしそれがイタズラだったのか、しばらくして依頼から消えてしまったのだが。


 一千年生きたといわれる伝説の龍が、目の前にいる。

 しかもイグナテイアは、出現以降、情け容赦なく火炎の吐息ブレスを放射し続けている。

 悲鳴を上げながら、魔化していくインプたち。


 なぜかイグナテイアはガーランドに向けて攻撃を仕掛けてこなかったため、彼が魔獣の炎に焼かれることはなかった。

 だがインプたちは別だ。あっという間にすべてのインプが、周りの森ごと消失してしまう。

 ガーランドが誇る数千の魔物の軍隊が、わずかな時間で全滅してしまったのだ。



 ガーランドは、完全に焼け野原となった周囲を見て茫然自失していた。

 目の前には巨大炎帝龍イグナテイア。その前に立つビキニ姿の美女ネームレス。


 なによりも一番信じられないことは、ネームレスが【秘術の門】で炎帝龍イグナテイアを召喚したという事実だ。


 ──こいつはなぜ、世界最強の魔獣を召喚し操ることができるのか。

 ──それ以前に、自分は伝説の魔獣という"絶望"と対峙して、生き残ることができるのか。


 まるで悪夢のような出来事を前にして、ガーランドは全身を震わせることしかできなかった。


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