14.マリィ VS ノーフェース
前方には黒い女神を携え雷を発するガーランド、後方には複数頭の蛇を具現化させ迫り来るノーフェース。まわりは麻痺持ちのインプが取り囲んでいる。
ラストたちは、完全に包囲されていた。
「サク、どうする?」
だがラストが問いかける声に、慌てふためく様子はない。
完全にサクのことを信頼しているからこそなせる態度に、思わずサクは不敵に微笑む。美女が微笑むと優雅に見えるから不思議だ。
「ご心配には及びませんわ。まずわたくしがガーランドに掛け合ってみます」
「……妾が言うのもなんだが、あれだけ激昂していては話を聞かないのではないか?」
「うふふ。そこはわたくしにお任せして、見ててくださいませ」
そう言うとサクは、ガーランドの方へと進み出る。
「素敵で強くてカッコいいガーランド様! あなたさまは、実に素晴らしい配下をお持ちのようですね!」
「……むっ?」
それまで怒り狂っていたガーランドが、目の前に現れた黒髪の美女の褒め言葉に動きを止める。
「なんだ、メイド。俺様は貴様などに用はないぞ」
「そうおっしゃらないでくださいな。わたくし、ガーランド様にあこがれているのですよ?」
「む?」
「なにせあの【怪盗】ネームレスを配下に持ち、しかもそちらの黒い女性--守護者ですかね? わたくしもそこにいる妖精イッカを守護者としていますが、あなたさまの守護者には到底及びません。見たところかなりの力を持っているようにお見受けしますが?」
「……ほう、メイドの娘。お前はなかなかに分かるやつのようだな。俺様の守護者『ツィー=カフ』の力も見抜いているようだし」
「ええ、ええ。わかりますとも。なにせ魔物を生み出す力を持つ守護者など、そうそうおりませんものね」
サクのあからさまなおべっかに、ガーランドが少しずつ気を良くしていく。特に己の守護者を褒められてからは顕著だった。
「うむ。このツィー=カフは、俺様がセルシュヴァントの王宮の奥に封じられていたのを、見つけ出して支配したのだ。これまで誰の守護者にもならなかった精霊でな、強いに決まっておるわ」
「なるほど、それほどの守護者を支配するガーランド様は、本当に素晴らしいお力をお持ちなのですね! そんな素敵なガーランド様に、実はちょっと聞いていただきたいお話があるのです」
サクのおだてに気をよくしてペラペラと情報を暴露していたガーランドであったが、話があると言われて改めてサクの顔をじっと眺める。
「……メイドの娘。そなた、名はなんという?」
「サクラと申します」
「ほう、悪くない名だな。しかもなかなかの美女ときた。……よかろうサクラ、お前の話を聞いてやろう」
「ありがたき幸せです」
そう言うとサクはスカートのすそを上げてひざを折り、ガーランドに礼の意を示す。ついにサクは、ガーランドに話を聞かせることに成功したのだ。
それまで黙って成り行きを見守っていたラストが、感心した様子で横にいたイータ=カリーナに耳打ちする。
「サクのやつ、なかなかやるな。あの怒り心頭だったガーランドを見事に鎮めおったぞ」
『男に戻すのがもったいないくらいの女っぷりよね。ねぇラスト、ずっとヤマトを女性にできないかしら?』
「……それはやめておいたほうがいいのではないか? あやつは男でこそ光ると思うのだが」
『あたしたち精霊にとっては性別なんてどうでも良いんだけど……ラストが言うならそういうことにしとくわ』
二人が場違いな雑談を交わしている間にも、サクとガーラントのやり取りは続いている。
「わたくし、ガーラント様であればこの身を捧げても良いと思ってますのよ?」
「ぬぬっ、そうか。なかなか殊勝な心がけではないか。だが俺様は生娘にしか興味がないのだがな」
「わたくし、生娘ですわよ。しかもここにいるものは全員生娘です」
「ほう……」
ペロリ。ガーランドが一同を見渡して舌なめずりをする。頬を染めながら「きゃっ」と声を上げていたフリルが、視線を受けてぶるっと全身を震わせる。
「お主と、もう一人のメイドは悪くないな。マールレントも……少々固そうだが、まぁ有りだろう。ただ、そこの幼女はちょっと味見するには早すぎるのではないか?」
「なっ、ガーランド! だからお主、妾が本物のラスティネイアだと何度言えば……むぐぐっ」
『はいはい、ラストあなたは少し大人しくしてようねぇ』
「ガーランド様、あなたさまはここにいる生娘全員を欲しいとはお思いになりませんか?」
サクが思いがけず口にした提案に、フリルが「いやぁん!」と身をくねる。だがガーランドはすぐには食いつかない。
「ふむ……もしや、お前たち全員の処女を捧げるから、そこにいる忌々しいラスティネイア姫の影武者を生かせ、とでもいうのか? であれば、そんな申し出は受け入れられな……」
「いいえ違いますわ。わたくしがお話ししたいのは別の話です」
「えっ⁉︎ 僕を救ってくれるんじゃないの?」
「別の話?」
捨てられた子犬みたいな表情を浮かべるスピリアトスを無視して、サクは話を続ける。
「ええ。実はそこにいるマリィ――マールレント・ヴィジャスは、あなたさまの下僕であるネームレス……ノーフェースというお名前ですかね? その方に先日完膚なきまでに叩きのめされました」
「下僕キタコレ!」
後方でなにやらノーフェースが抗議の声を上げているが、サクはやはり無視だ。
「マリィはそのことが大変悔しかったようで、負けて以来今日までずっと精進していました。それはもう本当にがんばっていたのです。ですので、わたくしのお話というのは、彼女にノーフェースに挑戦する機会を与えていただきたいのです」
「……ほほぅ」
「もちろん、結果は問いませんわ。いずれにせよ、わたくしは全力を以てガーランド様のお相手を務めさせていただくつもりです。……いかがでしょうか?」
すがるような目のサクに見上げるように見つめられ、ガーランドは鼻息を荒くする。
「……何度も言うが、俺様はそこのオカマを許す気はないぞ?」
「ええ、かまいませんわ。あとでお好きなようにギッタギタにしてくださいませ」
「ほぉう?」
「ムッハー!」と奇声を上げるフリルや「ふええっ⁉︎」と情けない声を上げるスピリアトスの様子に気をよくしたガーランド。しばらく思案顔をしていたものの、やがてニヤリと笑いながら鷹揚に頷く。
「よかろう。サクラ、お前の提言を受け入れてやる。そこなマールレントとノーフェースの決闘を許可しよう」
「ははぁ! ありがたき幸せにございますわ」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
ガーランドとサクの間で一方的に話が進められ、慌てたのはノーフェースだ。
「ガーランド様、これはどういう……」
「黙れノーフェース。貴様は俺様の指示通りに動け」
ガーランドが一喝すると、まるで雷に打たれたかのようにノーフェースが背筋を伸ばす。「……かしこまりました」まるで別人のように大人しくなると、すぐに頭を下げ、命令を受け入れる意を示す。
こうして、マリィ対ノーフェースの戦いが行われることになったのだった。
◇
大剣を背負い、全身から赤黒いオーラ【ガルドモード】を発するマリィ。彼女の正面には、背後に守護者ナーガラージャを具現化させたノーフェース。
二人が対峙する様子を、ラストとサク、それにイータ=カリーナは少し距離を置いた場所で眺めていた。
「マリィはやれるのか?」
「もちろんでございますわ。この三週間、できる限りのことは仕込みましたもの」
『うんうん、結構イケると思うなぁ』
二人に自信満々で答えられ、ラストはそれ以上マリィについて言及することをやめた。全幅の信頼を置く二人が大丈夫だと言っているのだ。きっとマリィはやってくれるだろう。
そう信じて、ラストは静かにマリィを見守ることを決めた。
一方、向かい合うマリィとノーフェースの間には、一触即発の空気が流れている。扉と化した顔面に手を添え、ゆっくりと開け放ちながら、ノーフェースが挑発的に声をかける。
「しゃしゃしゃ。御嬢さん、きみ、我に勝てると思っているのかね?」
「勝てる!」
「ほう。だがな、我も先日の我ではないのだぞ。ほーら、この腕を見よ!」
そう言うとノーフェースは袖をまくって喪われたはずの右腕をさらす。
ぐにゅり、と腕ではない何かがマントの端から顔を出した。スピリアトスの側に控えていたフリルが「ぎゃあ!」と悲鳴を上げる。
それもそのはず、本来ノーフェースの右腕がある場所には、本物の巨大な蛇の頭が存在していたのだから。
生き物を冒涜したかのような有様とあまりのグロテスクさに、マリィが思わず顔をしかめる。
「貴様、もしや右腕に生きた蛇を移植したのか?」
「しゃしゃしゃ、違うぞマールレント。我が守護者ナーガラージャと【一体化】したのだ」
「フュー、ジョン?」
聞きなれない単語に首を傾げるマリィ。だがノーフェースは構わず話を続ける。
「ところで御嬢さん、きみは精霊とは何なのか知っているかな?」
その問いにマリィはとっさに答えることができなかった。なぜなら精霊とは、【魔力を持つ霊的な存在】を指しており、世界中のいたるところに普通に存在していたからだ。
ちなみにこの区分けでいくと、広義的には【神】と呼ばれる存在すらも精霊のカテゴリーに入る。
このように、精霊はマリィを含めたこの世界の人々にとってはあまりに当たり前な存在であり、それ故『何か』と問われたときに答えられずにいた。
マリィが答えを戸惑う様子に満足したノーフェースが、自慢げに胸を張る。
「では教えてやろう。精霊とはな、この世界に存在する魔力が形となり、命が与えられたものなのだ」
「魔力が、形に? 命?」
「マールレント、きみは守護者が魔術師にとってどんな存在なのか知っているか?」
「それは……魔術師の協力者であろう? 魔術師が強大な魔術や【秘術の門】を使うときに、支援してくれる存在なのではないのか?」
「しゃしゃしゃ、それは違うな。魔術師にとって守護者とはな、協力を仰ぐものではなく、魔力を奪い取るものだ! 精霊はなぁ、都合の良い『外部魔力貯蔵庫』なのだよ!」
ノーフェースは不気味な笑い声を上げながら、全身から紫色の魔力を放ち始める。その魔力を受け、背後に具現化されたナーガラージャと、彼の右腕に装着された大蛇が連動して不気味に蠢いた。
『やっぱり魔術師から見たら、あたしたちってあんな扱いなのよねぇ』
「気にするな、イータ=カリーナ。じきにマリィに思い知らされるさ」
「そもそも妾はお主をそのようには見ておらんぞ。得難き友だと思っておるのだがな」
『……二人とも、ありがと』
ノーフェースのあんまりな言い分に怒りの表情を浮かべるイータ=カリーナ。だが、二人から慰められ、すぐに機嫌を取り戻すと、マリィたちの戦いに視線を戻した。
「我ら魔術師は、守護者と契約することで、その膨大な魔力を自由に使うことができる。″神に至る力″と言われる【秘術の門】は、守護者の力--すなわち魔力を利用することで、ようやく使用することができるのだ」
「……」
「だがな、我はさらにその先へと至った! 我はナーガラージャを守護者として完全に隷属させることに成功したのだ! その証拠に……見よ! このとおり、我はナーガラージャの身体と一体化した。これを我は【一体化】と呼んでいる」
自慢げに右腕を掲げるノーフェースに、『なにが【一体化】よ。ただの【合成獣】じゃない。ぷんぷん!』とイータ=カリーナが毒づく。
「ナーガラージャと【一体化】することで、我はこれまで以上に効率的に守護者の魔力を利用することができるようになった。 どうだこの姿、まさに至高の魔術師と呼ぶにふさわしいであろう? ゆえに、前回のように【秘術の門】を失敗することはもはやありえん!」
「……御託はもう良いか?」
「むむっ?」
それまで勝手に熱弁を振るっていたノーフェースに、マリィが冷たく言い放つ。
邪悪な魔術師が明らかに機嫌を損ねているが、マリィは一切気にしていない。というより彼女は最初からノーフェースの話を聞いていなかった。
彼が独演している間、マリィは己の内にある力と向き合っていた。
その力は、神に至る紅い力。大好きだった父親から受け継がれた、英雄としての資質。
冷静に心を磨き、研ぎ澄ますことで、ついに彼女は″神の力″を使うだけの準備を整えたのだ。
「貴様が何者であろうと関係ない。私はもう……誰にも負けない。ただ目の前の敵を斬るだけだ」
「しゃしゃしゃ、はたしてきみに我を斬ることができるかな? 生まれ変わった我の、強大な魔力の前にひれ伏すがよい。--這い出ろ、《永劫回帰の蛇》!」
ノーフェースの詠唱に呼応するように、巨大な蛇が地面から一気に湧き上がってきた。触れたものの力を奪うノーフェースの【秘術の門】《永劫回帰の蛇》だ。
紫色の大蛇はマリィを取り囲むように姿をあらわすと、完全に逃げ道を塞いだ上で、ゆっくりと締め上げてゆく。
あらゆる力や魔力を奪うこの大蛇は、普通の人間であれば、捕まった時点で逃れるすべはない。そのことを知るノーフェースが、愉悦の笑い声を上げる。
「しゃしゃしゃ! どうしたマールレント、偉そうに言っていたわりにはあっさりと捕まったな!」
「……」
「前回のように暴発を期待しても無駄だぞ? ナーガラージャと一体化したことで、我の操る魔力量は数倍に達しておる! 以前のようなヘマは……へっ?」
だがノーフェースは、最後まで笑い続けることができなかった。彼の視界に信じられないものが映ったからだ。
なんと--触れた者の魔力や力を奪い取り、無力化させるはずの《永劫回帰の蛇》が、マリィの素手によって受け止められていたのだ。
しかもマリィは、全身から紅く透明な炎のようなオーラを発していた。闘神ガルドの末裔にのみ受け継がれし力、【闘神覇気】である。
「またその妙なオーラか! マールレント、なぜきみは我の【秘術の門】を止められる?」
「ネームレス、いやノーフェースという名だったか。貴様は自分の【秘術の門】の性能を理解しているのか?」
「……小娘、言葉は慎め。理解しているに決まっておろう。そもそもきみは我が《永劫回帰の蛇》のなにを知っているというのか?」
急に冷たく冷えた声を発するノーフェースに動じることなく、マリィは話を続ける。
「ああ。貴様のその秘術は、人間の力や魔力を完全無力化する恐るべきものだ」
「しゃしゃしゃ、その通り! 我が秘術は至高の……」
「だがそれはあくまで相手が人間である場合だけの話だ。その力が届かない相手もいる」
「……なに?」
「ノーフェース、残念だが私の力は……神に届くのだ」
事実、知られざる歴史が証明していた。マリィの父ザックが放った一撃は、邪神を滅ぼすことに成功したのだから。
「ふ、ふざけるな小娘! きみごときが、神に届くわけがないだろう!」
「……相手の力量を測ることも出来ずに、哀れだなノーフェース」
「それはこっちのセリフだ! 何が神の力だ、我の方が神に近いに決まっておる! マールレント、一体化した我が力の前に死ねぇぇぇぇぇぇえぇっ! 《永劫蛇の腐敗毒》」
完全にブチ切れたノーフェースが、大蛇化した右手を突き出してマリィに飛び掛かってきた。
騎士に魔術師が肉弾戦を挑むという暴挙。だがノーフェースは決定的な武器を持っていた。剥き出しになった右腕に生えた大蛇の牙からは、紫色の毒液が吹き出している。触れたものを腐らす、致死性の猛毒だ。
だがノーフェースの最終攻撃を前にしても、マリィは冷静だった。絶対零度のように冷えた心で、しかし燃えるような熱い魂で、紅いオーラを発しながらノーフェースを見つめる。
思い出すのは、サクとの三週間に渡る修行の日々。情け容赦ない特訓の中で、かけられた言葉。
マリィはサクに教わったことを思い出しながら、ゆっくりと、静かに熱くなってゆく--。
「ザックは【闘神覇気】を使って小一時間は戦えたが、今のマリィが耐えられるのはせいぜい一分。……攻撃については一撃が限界ですわね」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「でも、その時間はあなたは無敵であり、その一撃は邪神であれ届きますわ。あなたの父がそうだったようにね。そのかわり--」
決して自分を見失うな。熱くなりすぎるな。″冷たい炎″となれ、と師匠は語った。
いまこそ自分は亡き父の力を手に入れるのだ。そして――。
「--私は貴様を、いや父を超える」
ノーフェースの牙が目の前に迫ったとき、マリィの全身から紅い炎が吹き出した。その炎は彼女の全身を包み込み、苛烈に紅く輝く。
マリィはゆっくりと背中の大剣の柄に手を添えた。
放てるのは、たった一撃。
だからマリィは、その一撃に全てを込めた。
「一閃、【闘剣抜刀】!」
--ちぃん。
ノーフェースの眼には、マリィの姿が背負っていた大剣ごと消えたように見えた。繰り出された右腕が、三週間前と同じように宙を泳ぐ。
嫌な予感がして、ノーフェースは慌てて背後を振り返る。彼の背後には、すでに大剣を背に背負い込むマリィの姿があった。
いつのまにマリィが背後に? 戸惑うノーフェースはすぐに追撃に入ろうとする。
だがそのとき、猛烈な違和感が彼の腕に走った。
ぼとり、と嫌な音が足元から聞こえてくる。
「むっ?」
下に視線を落とす。するとそこには--なにやら腕のような物体が二つ転がっていた。
いや、腕のような物体ではない。腕そのものだ。
なんとノーフェースの両腕が、肩口からバッサリと落ちていたのだ。
「うぎゃあああぁあああぁあああぁっ!」
両腕を失ったノーフェースが、大声で絶叫した。遅れて彼の肩口から大量の血が吹き出す。
とっさに魔術で止血をしたのはたいしたものだが、猛烈な痛みに耐えきれなかったのか、ノーフェースすぐに泡を吹いて倒れてしまった。
白目を剥いて憐れにも撃沈したノーフェースを見下ろしながら、マリィは冷たく言い放つ。
「貴様は、私が歩む道の前に転がっていた石ころに過ぎん。一度はつまづいたかも知れんが、二度目はない。私は……これからまだ強くなる。父を超えるためにな」
紅いオーラの残滓を残しながら、なお美しく輝く美女マリィは、強い意志を瞳に宿し、凛々しくそう宣言したのだった。
主人公マリィさん(´ω`)




