13.発狂
「さぁラスティネイア姫! 俺様が来たからもう安心です!」
颯爽と登場したガーランド王子は、整った容姿を持つイケメンであった。
鋭い目には野心的な輝きを宿し、吊り上がった口元は溢れ出る自信を解き放っている。真っ白な髪と白い肌が実に印象的で、サラサラとした髪は風に踊り、見るものの目を引きつける。
何も知らない者が見たら、『白い王子様が、ピンチの姫を救いに現れた』と胸をときめかせたことであろう。実際フリルなどは、ヒーローよろしく現れたガーランドとラスティネイア姫に扮したスピリアトスを興奮した様子で見比べている。
だが、未来を垣間見たラストや、彼女から話を聞いていたサクたちは白い目でガーランドを眺めていた。
彼女たちは、ガーランドの登場によって今回の舞台裏をほぼ理解することとなってしまったのだ。
「もしかして、これが全部あやつが仕込んだ茶番だというのか?」
「どうやらそうみたいですわね。つまりガーランドは……」
『正義の味方よろしく登場して、ラストの心を鷲掴みするつもりなのかしら?』
イータ=カリーナの発言に、ラストはまさかと首を横に振る。
「いくらなんでもそんなアホなことは、妄想することはあっても実行したりはしないだろう?」
『さて、どうかしらねぇ。人間の心なんて、精霊のあたしにはわからないわ』
一方、ガーランドは情熱のこもった瞳をラストたち一行に向けていた。
だがその視線は、ラストには向けられていない。
彼が見ているのは--もちろん、姫装したスピリアトスである。
「あれ? これは……」
『もしかして……』
サクとイータ=カリーナが顔を見合わせている間に、ガーランドが左手に持っていたインプを放り投げると、スピリアトスの方に向かってスタスタと歩き始めた。
自称ネームレスと対峙していたマリィが、慌てて進路を塞ぐようにガーランドの前に立ちはだかる。
「ま、待て! お主は……」
「従者は引っ込んでおれ」
そのとき、驚くべき現象が起こった。
なんとガーランドは、マリィの身体をすり抜けたのだ。
バチンッ! さらに鋭い破裂音が鳴り響く。
マリィが「うぐっ!」と声をあげてその場に膝をついた。
「マ、マリィ! どうした⁉︎」
「うぅ……で、電撃が、か、身体を」
ラストがマリィに駆け寄るその横を、ガーランドは完全に無視したまま通り過ぎてゆく。
やがて彼は、呆然と立ち尽くす″女装したスピリアトス″の前に立った。
フリルが「おーっと! ここでまさかの、だーいどーんでーんがえーし!」などと意味不明な絶叫を漏らしていたが、誰も彼女の声になど耳を傾けていない。
「ラスティネイア姫。このガーランド、貴女のために参上しました」
恭しく頭を下げると、ガーランドはスピリアトスの左手を持ち上げ、手の甲にそっと唇をつけた。「ひっ⁉︎」とスピリアトスが悲鳴を上げ、フリルが「きゃっ⁉︎」と頬に手を当てながら嬌声を上げる。
「……サク、これはどういうことじゃ?」
「どうもこうも、ねぇ? 見た通りだと思いますわ」
「もしやガーランドのやつ、スピリアトスのことを妾だと勘違いしているのか?」
「それはそうでしょう? そもそもスピリアトスを影武者にしといて、その言い草はあんまりだと思いますわ」
目の前で繰り広げられる弟とガーランドの悍ましい行為を見て、ようやく真実にたどり着いたラストは、チッと舌打ちをする。
「ガーランドのやつめ。妾にあれだけ求婚しておきながら、妾に気付かんとは……」
「ラストはガーランドに会ったことがありますの?」
「うむ、十年ぶりくらいかな」
「そんなの気付けと言う方が厳しいと思いますわ」
一方、ガーランドのほうは幼女姿のラストには見向きもせず、女装したスピリアトスに言い寄り続けている。
「姫、俺様は十年前にお会いしたときから、ずっと貴女のことが気になっていた」
「えっ? お、お会いしたことあったっけ?」
「ええ、あの頃の貴女は今よりも幼く、俺様はもっとガキだった」
「十年前かぁ。うーん、思い出せないなぁ……」
スピリアトスのやつ、影武者やってることをど忘れしてやがるな。素で応対しているスピリアトスの様子に、サクは失笑する。
しばらくは白王子ガーランドと女装王子スピリアトスのコメディを見続けたいと思っていたものの、あまりの茶番に耐えきれなくなるものが現れた。もちろんラスト本人だ。
「おいガーランド、いいかげんにしておくのだ」
「ん? どうしたチビッコ。お兄さんは今忙しいのだ」
「いや、そうではない。お主は妾が誰なのか気付かないのか?」
問われたガーランドはじっとラストの顔を見つめる。
やがて、何かに気がついたようで、ポンっと手を打った。
「……ラスティネイア姫に顔が似ているな。もしかして妹か?」
ずるっ。思わずラストがずっこける。
「ああ、分かったぞ! お姉ちゃんが取られそうで心配なのだな? だが安心するがいい、ラスティネイア姫は俺様が幸せにしてみせる!」
「……妾がラスティネイアだ」
「……は?」
「だーかーら、妾がラスティネイア本人だと言ってあるのだ!」
「…………はぁぁあ?」
ラストから真実を告げられても、ガーランドは間抜けな返事しか返さない。というより、ラストの言っていることをまったく信じていなかった。
煮え切らない様子のガーランドに、ラストが徐々に機嫌を損ねていく。
「いやいやお嬢ちゃん、いくらなんでもそれはないでしょ?」
「何を言う。これが真実だ」
「だったら、こちらにいる美女は何者だと?」
「弟のスピリアトスだ」
「……はい?」
「信じられないなら、証拠を見せてやる。ほれ」
ついに業を煮やしたラストが強行手段に出た。こともあろうか、スピリアトスが着ていたドレスの胸のあたりを強引にひん剥いたのだ。
「きゃっ!」と悲鳴を上げるスピリアトス。
「わぁっ!」と歓声を上げるフリル。
「ぬわっ!」と奇声を上げるマリィ。
『はわぁ!』と大声を上げるイータ=カリーナ。
ガーランドは無言であった。無言でスピリアトスの胸を凝視している。
最初こそ顔を赤らめながら見ていたものの、徐々に顔色が青ざめていく。
やがて、その胸が男のものであることに気づいて……完全に顔色が真っ白になった。まるで血が通っていないかのような、真っ白に。
「どうだ? これで分かったか? こやつはラスティネイアではなく…」
陶器の人形のようなガーランドの口が、無機質に開かれた。そこから発されたのは……。
「ぎゃぁあぁぁぁぉあぁぁぁぁあ!」
ガーランドの悲鳴だった。
「うがぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあ!」
ガーランドは発狂した。
声が続く限り叫び続けた。
「うわぁぁぁぁあぉぁぁあぁああ!」
身体を震わせ、パチパチと電撃を放ちながら絶叫した。
目の前の現実が受け入れられなくて。
ただただ、彼は叫び続けたのだ。
『……もしかして、ガーランドは本当にラストのことが好きだったのかしら』
「……そうかもな」
『だとしたら、さすがになんだか可哀想かもね』
「俺だったら狂い死ぬな」
やがて声が尽きると、ガーランドはその場にガックリと崩れ落ちた。まるで燃え尽きた灰のように、真っ白になって。
もはやサクには、彼にかける言葉を持ち合わせていなかった。
◇
魂の叫びを上げるものがいる一方、非難の声を上げるものもいる。いきなり姉に着衣を脱がされたスピリアトスだ。
「ねねね姉さん! なんてことするのっ!」
「仕方ないであろう、こやつが何度言っても信じないんだからさ」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」
慌てて服を着ながら、スピリアトスがラストを責める。それはそうであろう、いきなり見ず知らずの男の前で女装をバラされたのだから。
サクとしても、スピリアトスの発言には全面的に賛成なのだが、果たしてどこまでがやっていいことでどこからが悪いことなのか、そのボーダーラインが彼らと違う気がしてならないでいる。
「ふひっ。ふひひっ」
そのとき、それまで諸手を地についてうちひしがれていたガーランドが、奇妙な笑い声を上げた。
主人の無残な姿に声をかけられずにいた自称ネームレス……ノーフェースや、インプたちがハッとしてガーランドに視線を向ける。
「ふひひひっ」
ゆらり。ガーランドが笑いながら立ち上がる。その姿は、まるで幽鬼のよう。
「貴様ら……謀ったな?」
地の底から捻り出すような重々しい声。
サクからすると、謀ったもなにも、先に謀をしたのはガーランドのほうではないかと思っている。しかも勝手に穴に落ちたのはガーランドのほうだ。ただし、その穴には精神を崩壊させるレベルの仕掛けが施されてはいたのだが。
「許さん……許さんぞぉ」
バチッ、バチバチッ。
ガーランドが全身から電撃を発し始める。
その状況から、サクは理解する。あぁ、ガーランドのやつはキレちまったんだな、と。
「この俺様を謀った貴様ら、全員皆殺しにしてやるぅぅぅうぅうっ!」
爆発音とともに、巨大な雷柱がガーランドを中心に乱れ落ちた。その場にいた一同が、驚きのあまり防御の姿勢を取る。インプどもに至っては、キィキィと悲鳴のような鳴き声をあげて逃げ惑っている始末。
「ふぅーっ、ふぅーっ」
しばらくして雷光が落ち着いたとき、サクたちの目に映ったのは、全身から稲妻を放ちながら荒い息で怒気を発するガーランドの姿だった。
電気により白髪が逆毛立つ様子は、まるで怒髪天を突いているかのよう。
生ける雷神と化したガーランドを前にして、サクがラストに語りかける。
「なぁラスト。もしかしてあんたが見た未来ってのは……」
「む?」
『男を影武者にしてたことがバレて、ガーランドがブチギレた結果なんじゃないの?』
「……言われてみれば、未来視のスピリアトスはドレスを着ていたような?」
「そんな大事なこと、先に言えよっ!」
だが後悔先に立たず。
バリバリと電撃を放ち、血の涙を流すガーランドが、殺意の宿った目でラストたちを睨みつけている。もはや彼との和解の道はかけらも残されていないだろう。
「許さん、許さんぞぉ……。姫の影武者として男を配置するだけでなく、幼女の影武者まで用意しているなんて」
『あらあら、本物まで偽物扱いされちゃってるわね?』
「黙れ! 俺様はガキだろうと容赦しないぞ!」
ずぶ、ずぶり。憎悪を宿すガーランドの背後に、なにやら黒いものが具現化し始める。
黒いモヤは徐々に人の形になり、やがて女性の姿を型取ってゆく。マリィはまるで黒い女神のようだと思った。
完全に姿を見せた黒い女神が、ゆっくりと両手を挙げる。すると、女神の周りに黒い渦が無数に生まれて、その中から大量にインプが吐き出されていく。
どうやらラストたちを襲撃したインプは、この女神が生み出したようだ。
「ノーフェース、作戦変更だ。こいつらを抹殺する。生まれたことを後悔させるくらい酷い目に遭わせた上でな!」
「おやおや、それでは″正義の味方ごっこ″はおしまいということですな。承知仕った」
それまで様子見をしていた自称ネームレスことノーフェースが、ガーランドの命を受けて頷いた。顔に扉を具現化させながら、ゆっくりと前に歩み寄ってくる。
同様に、それまで遠巻きにしていたインプたちも、新たに生まれたインプとともに、ゾロゾロとラストたち一行を取り巻いてゆく。
気がつくとラストたちは完全に退路を断たれていた。
「あらら、どうやら戦いは避けられないみたいですわね?」
『そう言う割には、なんだかヤマトは嬉しそうね?』
「そうね。……実際、そう悪いことばかりではありませんもの」
イータ=カリーナの言葉に頷きながら、サクはペロリと赤い唇を舐めると、黒い女神を侍らせて電撃を放っているガーランド王子に、熱い視線を向けたのだった。




