第98話 苛立ち
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時計の針が間も無く三時を指そうとしていた時だった。
玄関のドアが幾分、乱暴に開けられ、ドスドスと足を踏み鳴らす音が、リビングに向かって近づいてきた。
「お帰り。随分早かったな。恐竜が家に入って来たかと思ったよ。まぁ、健全なデートで何より……って、どうした?何かあったのか?」
栄はコーヒーフィルターをセットしながら、光の顔を見て驚いた。明らかに怒り顔だ。
「今日、骸骨女に会ったよ」
帰ってきて早々、光が言った言葉は、不機嫌に放たれたその言葉だった。
栄は「骸骨女?」と訝しげに訊ねる。
「ハル兄のストーカーだよ。名前すら言いたくない!あんの、非常識女!」
と言い捨てると、二人がけのソファの真ん中にどかりと座った。
栄は露骨に顔を歪め、「ああ、あのお方ね」と頷いた。
「どこで会ったんだよ」
栄は二人分のコーヒーを淹れながら訊く。
「中西とケーキ食べ歩いてて、二軒目に行ったとき。あの女がさ、店に入ってきて。で、俺たちの席の後ろ側に座ったんだよ」
光は珍しく苛立たしげに声を上げて話している。普段、あまり怒りを顕にしない方だが、こいつは相当な怒りだ。これでも大分押さえてはいるのだろう。いつもは貧乏揺すりなど一切しない光が、かたかたと足を動かしている。
「それで、うちの話ししてたんだ。うちが【ハイレリ】だって知ってたんだよ」
「まあ、知ってるだろうな。勝俊さんが言っただろうから……」
栄は食器棚からカップを取り出しながら、相槌を打つ。
「あの女、ハル兄が長男だから、自分は将来社長婦人になるとか言ってさ。断ったのにまだ諦めてなかったんだ。それだけじゃない。里々衣をとんでもなく酷く言ったんだ。自分は子供が嫌いだから、結婚したら施設に入れるとか言いやがって。その前に結婚なんてする訳がない!」
栄は武者震いをした。なんて気持ちの悪い女だろうと、恐怖を感じながら、「全くだ」と頷いた。
「それに、ハル兄の人の良さに付け込もうとしてたんだ。だから俺は初めから散々言ったろ?愛想を振りまくなって!」
栄は自分と光の分のコーヒーを持って、一人がけのソファに座った。栄は「すみません」と、一応謝りながらも、愛想を振りまいた覚えはないんだがな、と思っていた。しかし、今それを言うと、火に油を注ぐ結果になりかねないため、黙って光の話しの続きを聞いた。
「俺、切れそうだったんだ」
「今も切れてるなあ」と、思わず口をついて言うと、光は鋭い視線を投げつけてきた。
栄は首をすくめると「それで?」と先を促した。
「……中西が、凄い剣幕で怒鳴り込んだ」
「え!?美夜ちゃんが?」
栄は「あの美夜ちゃんが剣幕?怒鳴り込み?」と驚きながらも、想像がつかないため、首をかしげた。
光は深く顎を引くと、コーヒーを一口飲む。
「あいつ、まるで自分の事みたいに怒ってさ。里々衣のこと、すごく大事に思ってくれてるって分かったよ。なんか……嬉しかった」
光の貧乏揺すりが止まった。視線を落としたその表情は、怒りが消え、柔らかな色を持ちだした。
「そっか……」
栄はそれ以上、何も言わなかった。沈黙の中に、時計の秒針が正確なリズムを刻んでいる。
「でも」と、光は擦れる声で言った。
栄は光に目を向けると、光はどこか満足げな表情をして「俺も、中西の勢いに負けないぐらい、毒、振りまいてきたけどね」と口角を上げ、微笑んだ。
栄は苦笑しながら「お前の毒は強烈だからな」と返した。
「まぁ、でも。ありがとうな。まったく、とんでもないのを紹介されたもんだよ」
「本当だね。雪さんにクレームださなきゃね」
「まったくだ」
二人は顔を見合わせると、揃って笑い声を上げた。
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