第94話 不愉快な言葉
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美夜は黙って座り直し、ケーキを食べようとしたが、食べる気になれない。それを察したのか、光はケーキを食べる手を止め、美夜を真っ直ぐに見据えた。
「中西、ちゃんと食べろ。ケーキが可哀想だ」
「……はい」
美夜は大人しくケーキを口に運ぶ。嫌でも耳に入る宏美の声を、聞きながら。
宏美は「子供なんて、嫌いに決まってるでしょう」と馬鹿にした笑い方で言った。
「結婚して、しばらく置いてから、弟に預けるなり、施設なりに入れてやるわ。私は子供と結婚するつもりはないし、他人の子供なんて育てる気もないわ」
宏美は、ふうっと、大きな息を吐き出した。
「でもねぇ、ちょっとしくじったのよねぇ」
「何やったの?」
「まあ、大したことじゃないわ……」
「ふうん。でも、大丈夫なの?そんなんで」
「平気よ。時間見て、また行くわ。今、『ハイレリ』とは違う店やってんのよ。きっと将来のために修行でもしてるのかしらねえ。いずれにしても、逃す気はないの。絶対に手に入れてやる。自信もあるわ。今まで私に落ちない男が居なかった事くらい、あんただって知ってるでしょう?」
宏美は自分の言葉に浸るように言ったかと思うと、突然「すいません」と怒鳴り声を上げた。
「コーヒーまだなの?たった一杯に何分待たせるのよ」と、苛立たしげに発した。
美夜は我慢ならなかった。
持っていたフォークをテーブルの上に勢い良く叩きつけるように置くと、立ち上がって後ろの席に回った。
「さっきっから!なんて嫌な女なの!?」
突然怒鳴りつけに来た美夜を、宏美とその友人は呆気に取られたように見上げる。
宏美は美夜を訝しげに見ると、思い出したかのように目を見開き、口を鯉のようにぱくぱくと動かした。しかし、すぐに開き直ったのか、鼻で笑った。
「なんだ、あんた栄さんの所のバイトじゃない」
「知ってる子?」友人は怪訝そうに美夜を見ると、宏美に訊いた。
「さっき言った見合い相手の所の『ただのバイト』よ」
宏美はせせら笑うと、煙草を吸った。
「あなた、何度もハルさんに断られてるじゃないですか。それなのに、まだ諦めてないんですか?だいたい、あなた、里々衣ちゃんの何を知っているんですか?あの子は本当に頭の良い子です!性格だって、みんなから愛される優しい子です!言ってしまえば、あんたなんかとは正反対って事です!何も知らないくせに!馬鹿はあなたの方です!ストーカーのくせに、何を偉そうに!」
宏美は美夜の言った「ストーカー」発言に反応した。見開いた目にぐっと力を入れ、睨み付ける。
「ストーカー?いつ私が法に触れるような事したのよ?あんたこそ、一度私と話したくらいで何でも知ってる見たいな言い方するんじゃないわよ」
宏美は立ち上がると、美夜を見下ろすように詰め寄った。
美夜は負けずに睨み返す。
「法に触れなくても、精神的苦痛を与えれば、それはリッパな犯罪です」
「精神的苦痛ですって?だったら、証明して見せなさいよ!私が苦しめたって言う、証拠を見せてみなさいよ!」
宏美は興奮して声を荒げ、唾を飛ばしながら言った。
美夜は、自分より背の高い宏美を上目遣いで睨み付けると、口の端で笑い、落ち着いた声でゆっくりと語り出す。
「あなたの、今の立ち居振る舞い全てが、証明しているじゃないですか」
「はあ?」
「分からないんですか?可哀想に。そんなんじゃ、一生、誰とも本当に幸せにはなれないでしょうね」
「なんですって?あんた、さっきっから好き勝手言ってるけど、一体何なのよ?あんたこそ、こんな所にいるっていうことは、私のストーカーなんじゃないの?人の話、勝手に盗み聞きして、怒鳴り込んできて。すいませーん。ストーカーが居るので警察呼んでくださーい」
宏美は大声で店内中に向って言った。店内が騒つく。
美夜は怒りで顔を真っ赤にして言い返そうとすると、不意に腕を掴まれた。血相を変えて振り向くと、光が隣に立っていた。
「中西、もういいよ」
「コウさん……」
「あら……弟君もいたのね」
宏美は顔を引き攣らせ、光に笑みを見せた。
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