第93話 ケーキ巡業 二軒目
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二軒目に着くと、二人は先ほどと同じように自分が気になったケーキを注文した。
店内は混雑しており、空いている席は喫煙席に近い場所だけ。煙の匂いが僅かに漏れており、光は一瞬迷った素振りを見せたが「まぁ、仕方ないか」と、空いている席に着いた。
窓際の席で注文品が来るのを待っている間、光は頬杖をついてぼんやりと窓の外を見ている。
美夜はテーブル脇に置いてあったメニューを何の気なしに見ていた。すると、光が「あ」と小さく声を上げた。
美夜は顔を上げて光を見と、光は微かに険しい顔をして、窓の外を見ている。
「どうしたんですか?」
美夜は光の目線を追うように窓の外に目を向けた。信号を渡ってくる人の流れの中に、見覚えのある人物が。
「あれ……。あの人……」
美夜が呟くように言うと、光が「あの女だ」と短く言った。
美夜は正面を向くと、光は顔を降ろした。
美夜は目の端で通りを見た。信号を渡ってきた女は、美夜達が居る店に入ってきた。
「コウさん、入ってきました」美夜は囁くように言う。
「無視して」光は口元に手を当てて、目を伏せた。
店内に入ってきたのは柳原宏美だった。
美夜が知っている宏美は、清楚な印象があったが、店に入ってきた宏美は真逆の格好をしていた。
宏美は手を振って、美夜達の居る席に向かってきた。
美夜は驚いた顔で「なんでこっち来るの?」と囁くと、慌ててメニューを掴み、顔を隠す。
宏美は美夜達を通り越して、喫煙席に入って行ったが、美夜達の真後ろの席に座った様だ。薄いガラス越し。宏美の声は大きく、美夜の耳に容易に入ってくる。
「ごめんね、抜けるのに時間かかっちゃって」
宏美は待ち合わせをしていた人物に謝った。声色すら、美夜が知っている宏美とは違う。まるで別人だ。
そこへ、美夜達の所にウエイトレスがケーキを運んできた。
宏美はウエイトレスに気がつくと「ちょっと」と声を掛ける。
美夜達のケーキを置き終えたウエイトレスが喫煙席に入っていく。
「お待たせいたしました」と言い終わらないうちに、宏美は「コーヒー。あと、灰皿持ってきてくれる?」と、偉そうな口調で言った。
美夜は、何て嫌な奴、と腹の底で怒った。光を見ると、光は黙ってケーキを口に運んでいる。
美夜は目の前にある自分のケーキに、フォークを乱暴に突き刺した。
「宏美、あんた見合いしたんだって?」
宏美の友達は、ねっとり絡みつくような声で、からかうように言う。その声が、美夜の耳に入り込んで来た。
宏美は煙草に火を付けると、「そうなのよ」と言い捨てる。
「どんな人なの?」好奇心一杯の声は、笑いを含む言い方だ。
宏美は煙を吐き出すと、見合い相手の話をしだした。
「すっごい上玉。『ハイレリ』の御曹司」
「まじ!?」
友人は興奮したように声を大きくした。宏美は自慢げに「まじよ」と言うと、鼻で笑い、話を進めた。
「金持ちの息子ってさ、あんまり良い男っていじゃない。でも、かなり良い男よ。でも、私の好みとしては、弟の方なんだけどね」
「弟もいるの?いやあ、私に紹介してよ」
ねだるように言う友人を宥め、宏美は先を進めた。
「だけどさ、将来、社長婦人になるんだったら、長男と結婚しなきゃだめじゃない。その長男は、子供がいるんだけどね、優しいのよ。あの優しさは使えるわ」
「うわあ、悪そうな顔ぉ」
「うるさいわね。で、その子供がさ、きったない馬鹿なガキなのよ。人が苦労して作った弁当はおじゃんにするわ、懐かないわ。躾けがなってないのよねえ」
「怖いわあ、継母さま!でもさ、あんた、子供嫌いじゃなかった?」
美夜は身体を動かし、立ち上がろうとした。が、直ぐに光が制した。
「中西」
「でも」
「いいから」
そう言う光の瞳は、怒りの色を宿している。美夜から目を逸らすと、光は再びケーキを食べはじめた。
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