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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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89/201

第88話 ホットケーキ

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 里々衣と共にリビングへ行くと、美夜と美月が同時に振り向き、同じ笑顔を見せた。

 栄と里々衣は顔を見合わせ、二人に笑いかける。その顔はとても晴れ晴れとして、爽やかな笑顔だ。


「ハルさん、里々衣ちゃん」と美夜が言うと、美月が「じゃーん」と効果音を付けてデコレーションされたホットケーキを見せる。


「わあ!」


「おお!」


 栄と里々衣は同時に驚きの声を上げた。


 ホットケーキには、チョコレートで栄と里々衣の似顔絵が描かれており、その下には「なかなおり、おめでとう」と書かれている。


「さあ、こっちに来て、みんなで食べましょう」 


 美夜はテーブルの上に色々なソースやクリーム、カットフルーツを並べる。


「どうぞお好きなように召し上がって下さい」


「凄いな……ありがとう。美夜ちゃん、美月ちゃん」


 四人はテーブルを囲んで「いただきます」と声を揃えると、それぞれ好きなようにホットケーキを頬ばった。何てことのない、普通のホットケーキなのに、とても美味しかった。

 栄は、隣に座って喜んでホットケーキを頬張る愛娘を見つめる。

 美夜の言った「まだ五歳と思っていても、もう五歳なんですよ。口では上手く説明できなくても、大人の話をちゃんと分かっている」という言葉が、よくよく分かった気がした。

 最近までの里々衣の様子と、今、ここでホットケーキを食べている里々衣は、明らかに違う。里々衣が心から嬉しそうにしているのが伝わってくる。栄は改めて美夜と美月の存在が、里々衣にとって、どれだけ心強いかを感じた。


「パパ、これ、たべて?」と里々衣が自分のフォークに刺したホットケーキを、栄の口元へ持ってくる。


「里々衣も一緒に作ったんだ。ぼんやりしてないで、ちゃんと食べてよ」


 栄は、里々衣の差し出したホットケーキをパクリと食べた。


「うまい!すごく旨いな!パパ、こんなに旨いホットケーキは初めて食べた!」


 栄がそう言うと、里々衣はパッと輝く笑顔を見せ、声を上げて笑った。

 美月が「大袈裟だよ」と笑ったが、栄には本当に、今までで一番旨いホットケーキだと感じたのだ。愛娘を誰よりも知っていると思っていた。だが、こんなにも新しい発見があるとは。まだ数ヶ月しか一緒に居ない双子の方が、愛娘を知っている事に、少し妬ける気もしたが、この双子だからこそなんだと思った。


 


「なんだよ、俺も行けば良かった」


 翌日、休憩室で美夜の話しを聞いた光は、ふてくされたように言った。

 美夜はそんな光を初めて見たので、何だか新鮮で、可笑しくてたまらない。


「今度は是非、コウさんも」


 と笑いながら言うと、光はちらりと美夜を見て、柔らかな笑みを浮かべ頷く。その笑みが、あまりにも神々しく美夜は思わず目を細めた。



 

「そう言うことですから、もう、今後一切お断りします」


 栄は断言するように雪に言った。

 雪は、本当に反省したように「悪かったわ、本当に」と謝った。


「まさか、そこまで凄い子とは知らなかったのよ……。まあ、里々衣が嫌って言うなら仕方ないわよね。私も、里々衣が嫌がってるのに、無理矢理勧めるつもりはないのよ?だいたい、里々衣の為を思って、企画した話しなんだし」


「分かっていただければ、それで十分です」


 栄が何度も深く頷くと、雪は苦笑した。

 栄は、やっと平穏な日々に戻るのかと思うと、心底ほっとした。

 栄は店内にあるカレンダーを捲る。

 長く、憂鬱な一ヶ月が終わるかと思うと、今度は悲しみの月が始まることに、栄は息をついた。六月と書かれた文字をなぞり、その下にある日にちを指でなぞった。

 六月五日。百合の五回目の命日がやってくる。


 火曜日の朝、栄は朝礼時に連絡事項を伝えた。いつものように屈託のない笑顔で、何事も無いように。     

 だが、美夜には何か違和感を覚えていた。

 気が付けば、毎日、目の端で栄の姿を追っては、笑顔を見て嬉しくなり、真剣な表情を見れば胸が締め付けられ、光に声をかけられているのにも拘わらず、喫茶から聞こえる栄の声に耳を澄ませ、光に注意されるという日々が続いていた。そうして、毎日表情を見ていたからこそ、些細な変化にも敏感に気が付いたのだ。


 朝礼が終わり、厨房へ戻ると、美夜は無意識に小さく溜め息をついた。


「どうした?溜め息なんかついて」


 光は焼き菓子の生地を型に流しながら訊いた。

 美夜が「え?」と顔を上げると、光は美夜を一瞥した。


「別に、何も……」


 光は次の型に生地を流し込むと、オーブンを開け、生地を流し込んだプレートを次々と中に入れた。

 オーブンのドアを閉め、温度と時間を確認し、くるりと振り向くと、美夜を一瞥する。


「中西。最近、集中力が切れてるね。今のところ、大きなミスはないけど。何があった?」


 光は腕を組んで美夜を真っ直ぐに見つめた。

 美夜は光のガラス玉のように光る瞳を見返したが、すぐに目を逸らす。


「本当に、何でもないんです……。ごめんなさい」


 光は深く息を吐き出すと、「別に、謝る事はないんだけど……」と言い、組んでいた腕を放した。壁に掛けられたカレンダーに歩み寄り、小さく何事か呟くと「中西」と呼んだ。

 美夜は「はい」と緊張気味の声で返事をする。

 光は後ろを振り向き「十二日の水曜、空いてる?」と訊いた。

 美夜は瞬きを数回すると、「はい」と首を縦に振る。

 光は「よし」と頷き、美夜に向かって優しく微笑んだ。


「じゃあ、ケーキの食べ歩き、連れてってやるよ」


 その言葉に、美夜は大きく目を見開くと「本当ですか?」と笑顔を見せる。


「本当。その代わり、仕事にちゃんと集中しろ。少しでも話しを聞いてなかったり、ぼんやりしていたら連れて行かないからな」


 光は真剣な顔で言った。

 美夜は嬉しさで頬の緩みを押さえきれずに、「はい」と返事をし、満面な笑みを見せる。

 光は顎を引くと、小さく笑みを返した。

 現金なのか何なのか、美夜は以前通りの集中力で仕事をこなした。その様子を見て、光は安心したように、小さく息を吐き出すのだった。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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