第87話 痛み(2)
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「詳しくは、美月に訊いてください。美月が里々衣ちゃんに話しを聞いてますから……。ただ、私が言えることは、まだ五歳と思っていても、もう五歳なんですよ。口では上手く説明できなくても、大人の話をちゃんと分かっている。特に、里々衣ちゃんは、周りの人の反応に敏感です。栄さん、里々衣ちゃんに、今回のこと、ちゃんと話してあげて下さい。心配いらないって、教えてあげて下さい」
そう言うと、美夜はキッチンに行き、フライパンの蓋を開けた。丁度、ひっくり返すのに良い頃合いだった。再びリビングに戻ると、栄が先程より穏やかな表情をして美夜に微笑みかけた。
「ありがとう、美夜ちゃん。だいぶ、落ち着いたよ。ちょっと、里々衣と話しをしてきて良いかな?」
美夜は「もちろんですよ」と、栄と共に美月の部屋へ向かった。
ノックをすると、美月だけが部屋から出てきた。
美月は黙って栄を睨み付ける。
「里々衣と話しをさせて欲しい」
「少しは落ち着いたんだろうな。また手ぇ出したら、里々衣は当分うちで預かるから、そのつもりで居ろ」
栄が美月の言葉に頷くのを見て、美月は自室のドアを開けた。
「ちゃんと、里々衣の話しを聞け。そして、あんたも本当の話をしろよ。誤魔化すなよ」
「わかってる」
栄は美月と入れ替わり部屋に入ると、静かにドアを閉めた。
「あいつ、大丈夫?」
リビングに向かいながら、美月は不安そうな顔で美夜に訊く。
「大丈夫よ。でも、美月も酷かったと思うけど?栄さんの気持ち、少しは酌み取ってあげれば良かったのに」
「あのくらい言わないと、あいつはダメだよ。里々衣は利口な子だもん。子供扱いも良いけど、大事な話は正面から向き合って、ちゃんと説明しないといけないんだ」
*******
「里々衣……」
栄は小さな愛娘の側に座った。
美月の部屋は、綺麗に片付いていた。壁には大きなコルクボードが二つ並んでいて、写真がびっしりと貼られている。その中には、Lisで行った、美夜と美月の誕生日会の写真が飾ってあった。コルクボードの脇に、里々衣が双子にあげた、折り紙の輪っかを繋げて作った首飾りが飾ってある。大切にしてくれていると思い、思わず笑みが溢れる。その笑みを湛えたまま、里々衣に視線を向けた。
「ごめんな。痛かったよな……」
栄は里々衣の赤くなった頬をそっと触れる。
里々衣はぴくりと身体を動かしたが、涙で潤んだ瞳で栄を見上げた。
「里々衣、パパに教えて欲しいんだ。どうして家を飛び出したの?」
里々衣は小さな手で、栄の手をしっかりと握った。そして、先ほどこの部屋で、美月と約束したことを思い出す。
『みづに話したように、ちゃんと里々衣の気持ちをお父さんに話してごらん。絶対、里々衣の話しをちゃんと聞いてくれるよ』
里々衣は頷くと、話しを始めた。
「りりーね、あのおばちゃん、やだったの。りりーは、パパといっしょに、いたいだけなのに。おばちゃんは、パパをつれていっちゃう」
栄は僅かに目を見開いた。
「りりーね。ママなんかいらないの。パパとコウちゃんがいれば、ママなんかいらない。だから、パパ、どこにもいかないで」
栄は娘が一生懸命訴える言葉を、奥歯を噛み締め、涙を堪えながら、何度も頷いてみせる。
「里々衣、よく聞いて」
栄は里々衣の頭を撫でながら言った。
「パパな、柳原さんに今日、ちゃんと話しをしたんだ。もう、うちに来ないで欲しいって」
里々衣は栄の顔をじっと見つめる。だが、その顔には不安が色濃く残っていた。
「パパは、どこにも行かない。里々衣がお嫁さんに行くまでは、ずっと一緒にいるよ。柳原さんとも結婚はしない。彼女はママにはならない。だから、もう何も心配しなくて大丈夫」
「ほんとに?」
「ああ。本当」
「りりー、およめさんにならないよ?りりー、パパとずっといっしょにいる」
その言葉に栄は驚きつつ嬉しさが込み上げ、自然と笑みが浮かぶ。「うん」とひとつ頷くと、里々衣を抱き寄せた。温かく柔らかい感覚に心が安心をし、心が全身が満たされていく。そんな感じがした。
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