第84話 困惑
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美月は靴を履くと、「じゃあ、行ってくる」と、美夜に声を掛けた。
美夜は居間から顔を出し「気をつけてね」と手を振った。
「今日、遅くなる。十時頃帰るから」
「了解。職場出たら、電話ちょうだいね」
「OK」
美月は自転車を玄関の外に出し、そのまま担いで階段を下りていった。
自転車を走らせ、チラリと街路樹の緑に目を向ける。だいぶ緑が色付きだし、陽の光が煌めいて見える。今度、絵に描いてみようと思いつつ前を向く。暫く走らせていると、ふと反対側の道路に赤い色が目に端に入り、何気なく顔を向けた。小さな女の子の姿を見た気がしたのだ。
美月は慌てて自転車を止め、後ろを振り返り、目を凝らす。
「り、里々衣!?」
美月は急いで自転車を回転させ、来た道を戻り、大声で「りりい!」と叫んだ。
俯いて歩いていた里々衣は立ち止まると、顔を上げ辺りを見回した。
美月はもう一度大声で「りりい」と呼び、両腕を高く上げ大きく左右に手を振った。
里々衣が美月に気が付き、美月の元へ来ようとしたが、慌てて「ストップ!」と叫んだ。
「ダメ、里々衣!ストップ!そこで待ってて!今行くから!」
そう言うと、素早く顔を左右に振り、横断歩道を見つけ、自転車を走らせる。運良く青で、直ぐに里々衣の元に来ることが出来た。
美月は自転車を止めると、里々衣の前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの?こんな所で。お父さんは?」
里々衣は首を横に振った。
「じゃあ、コウおじちゃんと一緒なの?」
里々衣は再び首を横に振った。そして、見る見るうちに顔を崩し泣き出し、美月に抱きついた。
「里々衣?」
美月は暫くそのまま里々衣を抱き、泣きやむのを待った。
暫くして落ち着いた頃、美月は里々衣を自分から離し、涙と鼻水で濡れている顔を、微笑みながら優しくハンカチで拭う。
「どうしたの?みづに教えてくれるかな?」
里々衣は小さく頷くと、一所懸命に話をはじめた。
「いまね、このまえのね、おばちゃんがね、きゅうにね、りりーのおうちに、きたの」
「おばちゃんって……柳原って人?公園で会った人のこと?」
里々衣は頷くと、話を続けた。
「このまえ、ゆきおばちゃんがね、あのおばちゃんが、ママになるかもよっていったの。りりー、やだ。あのひと、いやなの」
「……それで、家を出てきちゃったの?」
里々衣は深く頷いた。
「そっかあ……」
「みじゅちゃん、みじゅちゃんがママになってよ。りりー、あのひと、やだ。みじゅちゃんがいい」
里々衣は再び泣き出しそうな顔をした。
「里々衣……」
美月は里々衣の言葉に困惑しつつも、動揺を隠せず、どうしたものかと目を泳がせた。
「……里々衣、みづのお家、来る?」
「みじゅ、ちゃん、の、おうち?」
しゃっくりをしながら、里々衣は小首をかしげる。
「そう。美夜もいるよ」
「みゃあちゃん……。いく……」
「よし。じゃあ、ちょっと待っててね」
美月は職場に電話を掛け、仮病を使って休む連絡をした。
「すいません、途中まで来たんですけど、どうにもお腹が痛くて……」
美月は迫真の演技で言うと、職場の社員は「今日は人が多いし、大丈夫。ゆっくり休んで」と、優しい言葉を掛けてくれた。良心がうずいたが、今はそれどころでは無いと思い、礼を言い電話を切る。
「みじゅちゃん、おなかいたいの?」
里々衣は心配そうな表情で美月を見上げていた。美月は思わず吹き出しながら、「里々衣は優しいねえ」と頭を撫で回した。
「大丈夫だよ。行こうか」
美月は片手でバランスを取りながら自転車を支え、もう片方の手で里々衣の手を優しく包み込む様に繋いだ。
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