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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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84/201

第83話 静かな怒り

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 栄は強張った顔で玄関に立った。


「こんにちは。来ちゃいました」


 そう言って、宏美は栄を通り過ぎて、強引に家の中に入っていく。


「うわあ、綺麗にしてるんですねえ」


 宏美の声を聞きつけ、里々衣はリビングから顔を覗かせた。里々衣の表情を見て、栄は微かに眉を顰める。

 その顔は、明らかに嫌悪感に満ちた顔つきだった。いくら人見知りでも、今までこんな表情をした事はない。しかし、宏美は気にすることもなく「こんにちは、りりいちゃん」と声けた。


「コウ」


 栄は光を呼ぶと、里々衣を二階に連れて行くようにアイコンタクトを取る。

 光は黙って頷くと、里々衣を連れて、二階に向かおうとした。


「あ、もしかして、弟君?いやあ、すっごく綺麗な方。始めまして、柳原宏美です」


 宏美は光を見て興奮したように顔を赤らめ、光に触れようと手を伸ばす。

 光は素早く宏美の手を払うと、無愛想に「どうも」と一言放ち、里々衣を連れて二階に上がった。


「一体、どういうつもりですか?突然人の家まで押しかけて。何度お断りすれば分かっていただけるんでしょうか?」


 栄は声を抑えながら宏美に言う。

 宏美はお構いなしに、リビングを見回す。ある一角へ足早に向かうと「うわあ、素敵」と声を上げ、光がコレクションしているベネチアングラスを納めている棚に触れる。


「答えて下さい」


 栄は低く鋭い声を向ける。


 宏美は黙ったまま、背中を向けていた。その表情は、一体どんな顔をしているのか、栄には想像もつかない。

 振り向いた宏美は、いつもの人形の様に整った笑顔を見せる。


「栄さんこそ、どうして会ってくれないんですか?私、言いましたよね。お互いをもっと知るべきだって」


 栄は、宏美の顔を険しい表情で見つめた。宏美は、口元は笑っているが、瞳の奥は鋭い光を持っているということに、栄は気が付いた。

 栄は今朝見た悪夢を、ふと断片的に思い出す。


 そうだ、この女が夢に出てきたんだ。家族を、自分が大切なもの全てを、バラバラにしようとする、そんな夢だ。


「取りあえず、座ってお話ししませんか?」


 宏美は自分の家かのように、ソファに座ると、栄に座るよう促した。

 栄は黙って一人がけのソファに座り、宏美を睨み付ける。そんな栄を見て、宏美は笑いながら「そんな怖い顔なさらないで」と、声を高くして言った。

 光はリビングに入りキッチンへ行くと、お茶を淹れる準備をはじめた。


「コウ、茶なんか必要ない。こんな非常識な人間には、すぐに帰ってもらう」


 栄は宏美を睨み付けたまま、大きな声で光に言った。

 茶葉に手を伸ばし掛けていた光は、直ぐに手を引っ込めると、コンロに掛けたヤカンの火を止め、二人の様子を黙って見つめた。


「今までも何度もお伝えしましたが。もう一度言います。今日はコウも居るので、弟を証人としましょう」


 そう言いつつ、光を一瞥する。はっきりと頷く光を見て、その視線を宏美へと向けた。


「はっきり、申し上げます。私は、あなたと付き合う気も、結婚する気も全くありません。私が見合いをした事で、気を持たせてしまったなら、謝ります。本当に、申し訳なかった。しかし、私はあなたに好意を持てないし、愛せない」


 宏美は強張った顔で、それでも笑顔を崩さず、小首をかしげた。


「こ、この先は分かりませんわ。栄さん、前妻の方が亡くなってから、他の方とはお付き合いされてこなかった訳でしょう?そうすると、人って、前の方ばかりを気に掛けるんですよ。でも、新たに誰かと付き合うと、その方を忘れることが出来る。私はそう思ってますわ」


 上擦った声は、頬の引き攣りを益々激しくした。


「それは、間違ってる」


 そう言ったのは、光だった。

 キッチンで話しを聞いていた光が、いつの間にか無表情で栄の後ろに立っていた。


「コウ……」


「忘れる事なんて、出来る訳ない。あなた、本当に誰かを愛したことはありますか?大事な人を失ったことはあるんですか?まあ、今の言い分じゃ、どちらの経験も無いでしょうね。もうこれ以上、あなたとハルが話した所で、分かり合える訳がない。人の心が分からないあなたは、一生かけてもハルを知る事は出来ないですよ」


 そう言うと、光は宏美の腕を引っ張った。


「さあ、立って下さい。玄関がどこかは分かってますよね?ズカズカと断りもなく入ってきたんですから」


 光が掴んだ腕が痛いのか、宏美は顔を歪めた。


「放してよ!分かったわよ。出て行くわよ!」


 宏美は光の手を振り解くと、立ち上がった。その顔からは笑顔が消えていた。

 栄はソファに座ったまま、黙って宏美を見上げる。玄関まで送るつもりは毛頭無い。

 宏美は栄を見下ろすと、「では、また」と言い、光を睨み付け、リビングを出ていった。


 玄関のドアが乱暴に閉められる音を聞くと、光は洗面所に行き、雑巾を持って、廊下やら玄関の手摺りを拭きはじめた。

 栄は疲れた顔で苦笑しながら「もういいよ」と言ったが、光は止めなかった。


「あんな非常識で失礼な人間、見たこと無いよ!そんな人間が家の中を歩いたと思うだけで、嫌だね」


 光は掃除用の除菌スプレー片手に、そこら中を掃除して歩いた。


「お前がきれい好きで良かったよ……」


 栄は弱々しく、息を吐き出すような声で言ったが、光の耳には届いていないようで、せっせと手を動かしていた。

 栄はふと、里々衣の事が気になり、二階へ上がった。あんな嫌悪を剥き出しにした表情の里々衣は初めてだった。それが何より気になった。


「里々衣」


 遊び部屋のドアを開けたが、里々衣の姿は無い。栄は首をかしげ、寝室へ向かった。しかし、寝室にも里々衣の姿はなく、栄は嫌な予感が心臓を締め付けはじめる。名前を呼びながら、トイレ、風呂場とドアを開けて探す。しかし、どこにも見あたらない。


「どうしたの、ハル兄」


 掃除を終えた光が、栄の様子に気が付き声を掛けた。


「里々衣が……居ない」


「え!?」

 





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] りりいちゃん、まさか…。
2022/12/22 09:50 退会済み
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