第81話 精神疲労
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あれから、宏美から何度も電話があった。栄は、その度に会うことを断り続けた。だが、それでも宏美は諦める様子もなく電話をしてきた。スマホを着信拒否しても、家や店の電話にかけてくる。流石に店の電話にかかってきた時は、これは営業妨害だと伝えて以来、かけてくることはなかった。
しかし、今度は店にやって来るようになったのだ。他の客がいる手前、他の客に迷惑をかけることもなく、ただカウンターで栄に話しかけるだけの宏美を追い出すわけにもいかず、聞きたくもない話しに付き合う羽目になった。
「ハル兄、そんなに嫌なら雪さんじゃなくて、勝俊さんに直接、断ってくれって頼んだら?」
里々衣を寝かしつけ、リビングでぐったりしている栄に、光は言った。
光が淹れた茶を飲もうとソファから体を起こし、湯呑みに手を伸ばす。が、しかし、想像以上の熱さに、すぐに手を引っ込める。それに気が付いたのか、光は「あ、言い忘れたけど、熱いから気をつけてね」と言って、澄まし顔で茶を飲む。栄は、むっと口を尖らせ光を見たが、光は惚けた顔で「なに?どうしたの?」といい、茶を口にした。
栄は再びソファに背中を預け、息を吐き出すと、天井を仰ぎ目を閉じる。
光は何の反応も示さない栄を、目の端で見つめていた。
栄にこれだけのダメージを与える強者を、一度見てみたい気もしたが、厄介事に巻き込まれる気は、さらさら無い。店に来たときも、光は売り場に顔を出すことは無かった。
栄は薄っすらと目を開け、光を見る。
「なあ、コウ」
「なに?」
「どうしよう」
「はっきり言えば」
「言ったよ、もう。何度も」
「どうせ、ハル兄の事だから、オブラートに何重にも包んで言ったんじゃないの?ここまでしつこい人だよ、そんなんじゃ駄目に決まってる」
光は湯呑みをテーブルに置くと、テーブル下にあった新聞に手を伸ばした。
「だいたい、どうして勝俊さんはそんな人を紹介したんだろうね」
栄はもっともな意見だと思った。実際、栄自身、そう思っていたのだ。
「雪さんの話しによると、社内一の美人で、他社の人間からも人気がある営業なんだとか。前に、勝俊さんがさ、君は結婚しないのとか聞いたら、いい人が居たら是非紹介して下さい、なんて言われたらしい」
あれだけの美人なら、栄君も申し分ないだろう。おおよそ、それが美人好きな勝俊の意見だろうと想像していた。だが、どんなに美人でも、何をしても許されるわけではない。栄は、今回の件でしみじみそう感じた。
「そんなに美人なら、彼氏とか直ぐに出来そうじゃんね」
光は興味のある記事がなかったのか、広げていた新聞を畳みながら言う。
「だよねえ」
「なのに、なんだろうね。その執着心」
「さあ」
「よっぽど、ハル兄が好みのタイプだったのかな」
「知らんよ、そんなことは。どっちにしろ、俺は彼女を美人と感じたことは無いし、興味もないけどな」
栄は溜め息混じりに言うと、ソファから立ち上がり、「もう寝る」と言って二階へ上がっていった。
光は栄の疲れ切った背中を見送り、小さく息を吐き出す。
「なにか、大事にならなきゃいいけど……」
誰にともなく呟くと、軽く首を回しテレビを付けた。
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