第80話 気持ちの置き場
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いつもと明らかに違う、栄が纏う空気に違和感があった。恋人と一緒なら、なぜ自分達に同席するように頼む必要があるのか、なぜ、いつもの馬鹿みたいな笑顔を振りまかないのか、全てに合点がいく気がした。
「美夜の言ってたお見合い相手か……」
祭りの後くらいだったか、美夜がそんな事を話していたのを、ふと思い出す。
美月は小さく息を吐き出すと、何かを考えるように空を見上げ、すぐに里々衣に顔を向けた。
「わかったよ、里々衣。よくわかった。でもさ、とりあえず、戻ってご飯食べよう。里々衣があの人を嫌いでも、ご飯には罪はない。タコさんウインナーにも罪はない!」
里々衣は美月の顔を見上げた。その顔は不安気だが、嫌そうではない。
「それに、ご飯はみんなで食べた方が美味しいよ。ね?」
美月が優しく笑いかけると、里々衣は少し間をおいて小さく頷き「いく」と囁くような声で言った。
美月は満面な笑みで頷くと、「じゃあ、まずはその仏頂面を直していこう!」と言って、里々衣の両脇腹をくすぐる。身体を捩らせながら笑う里々衣の声が、辺り明るく響いたのだった。
「ただいまあ」と、美月が里々衣を抱えて戻ってきたのを見て、栄は安堵の顔で美月を見上げた。
美月は栄を見ると、小さく頷き、里々衣を降ろす。
「おかえりなさい。二人の分、取っておいたから、食べて」と、宏美は二人に皿を渡した。
美月は宏美を一瞥し、里々衣を見た。里々衣は黙って皿を受け取り、ウインナーにフォークを刺す。その様子に、誰もが安堵の表情を見せた。
美月は栄に視線を移動すると、栄と目が合い、目力鋭く睨み付け、直ぐに逸らした。
里々衣が食べ終わると、すぐに解散となった。
宏美は名残惜しいのか、栄に何か話しかけていたが、栄は厳しい表情のまま笑顔を見せる事はなかった。
栄達と別れ、家に向かう途中、美月は苛立っていた。それは、何も話さないでも嫌と言うほど、隣を歩く美夜にも伝わってきていた。
「あいつ、なんであの女なんだろ」
「え?」
美月の横顔は、明らかに怒りの表情で鼻息も荒い。
「里々衣連れて帰った後、ずっと観察してたんだ。あの人、ずっと媚売るような笑顔しかしてなくてさ。しかも、怒らない。その割に、何か、図々しい感じだった……」
「美月?」
「あれじゃあ、里々衣が可哀想だよ」
「……何か、言ってたの?里々衣ちゃん」
その質問に、美月は下唇を噛んで黙った。真っ直ぐ前を向いて歩く美月の目は、目の前に宏美が立っているが如く、睨むようにアパートへの道のりを歩いていた。
翌日、栄は美夜に「昨日はごめんね」と、申し訳なさそうに頭を下げた。
美夜は慌てて「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」と両手を振る。
「こちらこそ、お邪魔しまして……」
美夜が俯き加減で視線を逸らしながら言うと、栄は苦笑した。
「いや、いいんだ。感謝してるんだ。本当に」
疲れたような声で言う栄を、美夜はそっと見上げた。
「あの……」
栄は「なに?」と微笑むと、美夜の顔を見て「ああ」と困ったように微笑んだ。
「実は、雪さんの紹介の人でね。俺は、断ったんだけど。昨日突然押しかけてきたんだ。恋人でも何でもないんだ」
「え……でも、柳原さん……」
「ああ、あの人の言ったことは気にしないで良いよ。本当に、関係ないんだ」
栄は「この話は終わり」とでも言いたげな、有無も言わさない笑みを向けると、事務所へ入っていった。
静かに閉まったドアを見つめ、美夜は、どこかほっとしている自分が居ることに気が付いた。自分の胸に手を当て、鼓動音を数える。
蓋をしたはずの、栄を好きだという気持ちが、自分の中で確実に大きく育っている事を自覚した。
胸の中はもう、どうすればいいのか分からないほど切なく、愛おしい気持ちで溢れそうだった。
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