第77話 救世主
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三人は公園へ向かって歩き出した。
先ほどまで軽かった身体が、宏美と会った途端、まるで足に鉛が付いているかのように重たい。
やっぱり自分は彼女とは合わない。宏美は相変わらず一人で何か話し続けている。
栄は、この間の失敗もあるため、半分の意識を彼女に向けた。
公園に着くと、栄は家に電話をかけた。光に事情を説明し、昼は要らないと伝えると、スマホの向こうから盛大な溜め息が漏れ聞こえてきた。
「ハル兄……まあ、いいや。わかったよ。気を付けてね」と、呆れた声でいうと、通話が切れた。
里々衣は、いつも通り知り合いの犬と遊ばせて貰いながら時間を過ごした。
栄は里々衣がちょっと側を離れた空きに、宏美に話しかける。
「あの、金村さんから、何も聞いていませんか?」
宏美はにこやかだった顔を一瞬凍り付かせたが、すぐにまた微笑んだ。
「ええ、先日、部長から聞きました」
「じゃあ、なぜ……」栄は困惑した顔で宏美を見る。
宏美は相変わらず微笑みを崩さずに、声を高くした。
「だって、おかしいじゃないですか」
「……何が?」
「お互い、まだ何も知らないんですよ?私も栄さんについて与えられた情報以外、何も知らないし、栄さんだって、一度私と話しただけで、私のことは何も知らないでしょう?人を知るには、それなりに時間が必要ですもの。結論を急がなくても、良いと思いませんか?」
宏美はそう言うと、真正面から栄を見る。その顔は、微笑んではいたが、何か違和感を感じる笑みだ。
栄は黙って宏美を見返す。数秒の沈黙後、宏美は栄から顔を逸らし「りりいちゃん、何やってるの?」と、里々衣の元へ近づいた。
栄は立ち尽くしたまま、宏美の後ろ姿を見つめた。暑い日差しの下にいるはずが、得体の知れない寒気が栄の背中を這うように撫でていく。目には見えない鎖で繋がれた様に、その場から足が動かなかった。
「あれ?あそこに居るの、ハルじゃない?」
美月は隣を歩く美夜に言った。
久しぶりに休日が重なった二人は、天気が良いこともあって、散歩がてら外でランチを食べることにしたのだ。そしてそれは、二人が緑が丘公園を歩いているときだった。
美夜の心臓は、美月の言葉に心臓が飛び出すかと思うくらい、大きな鼓動を打つ。
目を見開いて「え?どこ?」と辺りを見る美夜に、美月は「ほら、あそこだよ」と、指をさした。
美月が指さす方向を見た美夜は、栄の後ろ姿を捕らえ途端、全身が熱くなっていく。
蓋をしたはずの想いは、急な対応には向いていないようで、美夜の心臓音は通常より大きな音をたてた。
「行ってみよう」と、美月は先に歩き出し、美夜は慌ててその後をついて行った。
「はーるー」と叫んだ美月の声が、栄の耳に届いた。
栄は素早く振り向くと、近づいてくる美夜と美月を驚いた顔で見た。その途端、背中を撫で回す悪寒と足の鎖は、どこかへ消え、一気に身体が熱を帯びる。と同時に、安堵の息が漏れ落ちた。
「美夜ちゃん、美月ちゃん」
「何やってんの?」
美月は相変わらずの口調で栄に話しかけた。
栄はほっとした顔で、美月を見下ろす。美月はその顔に何かを感じ取り、心なしか眉を顰め「どうした?」と訊く。
「栄さん、どうされたの?そちらの方は?」
美月は栄の後ろに立つ女性を見た。
背の高いモデル体型の女性は、淡いピンク色をしたシフォンのブラウスに、花柄のロングスカートを履いていた。丁寧に化粧をした顔には、若干不自然さを感じるほど、整っている。大きく見開かれた目と、尖った顎が印象的だ。美人ではあるが『何かしっくりこない』と、美月は感じた。
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