第76話 待ち伏せ
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見合いから一週間が過ぎた。
三日前、雪から「お付き合いの件、宏美さんに断ったから」と報告を受けた栄は、心底ほっとした。それまで何度もかかってきていた宏美からの電話も、その日を境にパタリと止んだ。
たった一週間の出来事だったが、途方もなく長く感じていたせいか、里々衣と一緒に過ごす休日が久々に感じた。
外を見れば、絶好の散歩日和。心の中も晴れ渡っている。栄は「よし!」とひとつ言うと、里々衣を連れて出かける事にした。毎週水曜日は、里々衣が行きたい所に一緒に行くと決めている。先週の落ち着かない水曜と比べ、今日の水曜が嘘のように心地良く感じる。
里々衣は家から少し離れた所にある、緑が丘公園へ行きたがった。緑が丘公園は、特別遊具があるわけでもなく、ただ芝生の広い敷地に、ベンチとランニングコースがあるだけの公園だ。大人の足でも十五分程かかる距離にあるのだが、それでも里々衣はその公園が好きだった。
そこでは、よく犬の散歩をしている人も多く、その犬を触らせて貰うことが何より気に入っているようだった。そして、栄とボール投げをする時間を楽しんで帰る。
殆どの時間を一緒に過ごせないせいか、どこか特別な場所へ行くより、里々衣自身、栄との時間をのんびり過ごす事が好きなようだった。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん。あ、お昼何が良い?」
玄関先まで見送りに来た光が訊ねた。
「りりー、オムライスがいい」
里々衣は元気よく答える。
「オムライス、この間のホテルで食べただろ?」
栄は苦笑しながら言うと、それでもオムライスが食べたいと訴えた。
「このまえのは、ソーセージなかったもん!」
「わかったよ。じゃあ、ソーセージがいっぱい入ったケチャップのオムライスね」
光は中腰になり、里々衣の口に入った髪の毛を指で退かす。
里々衣は、満面の笑みを浮かべ「うん」と元気よく返事をすると、「いってきまあす」と言って、勢い良く玄関を先に出て行った。
「じゃあ、頼むわ。昼前には戻るから」
「いってらっしゃい」
栄は軽く手を挙げて、里々衣の後を追い玄関を出た。
栄は里々衣の手を取ると、緑が丘公園までのんびりと歩く。
五月の温かい日差しの並木道を、里々衣の歩幅に合わせ、のんびりと歩く。里々衣と歩くと、いつもは見落としてしまう景色も、ゆっくり見ることが出来る。そんな時間も栄にとっては有意義で、精神的にも大事な時間だ。
いつもと変わらず、のんびりと公園へ向かっていると、前から「栄さん」と声を掛けてきた人物が居た。
栄は顔を上げて辺りを見ると、前から柳原宏美が近づいて来たことに気が付いた。
栄は足を止め、里々衣の手を無意識に握り締めた。
里々衣は痛がることもせず、ただ、父親の顔を不安げに見上げた。
「栄さん、良かった。お会いできて。今、お宅へお伺いしようかと思っていたんです」
宏美は栄の前に立つと、歯並びのいい歯を見せ笑った。
「どうして、ここに……?」
栄は戸惑いながらも、訝しんだ顔で訊ねた。
宏美は笑顔を崩さず、「今日は朝からお天気が良かったので」と言うと、中腰になり里々衣に「こんにちは」と挨拶をした。
里々衣は何も言わず、栄の後ろに隠れるようにした。宏美は困ったように小さく微笑むと、それ以上何も言わずに立ち上がる。
「栄さん、水曜はりりいちゃんと一緒に過ごされるっておっしゃっていたでしょう?雪さんにお聞きしたら、休日は緑が丘公園へ行くことが多いと聞いたので。だったら、ピクニックでもと思いまして、簡単なお弁当を作ってきたんです」
そう言うと、手に持っていた荷物を持ち上げて見せる。『簡単な弁当』では無さそうなのは、持ち上げたクールバックの大きさで分かる。
待ち伏せをされていたのだと分かると、栄は戸惑いを隠せずに黙ってしまう。
宏美は栄の様子はお構い無しに腕を取って「ご一緒しても、よろしいですよね?」と、有無も言わせない口調で言う。
腕に自身の胸を押し付けてきていることに気が付き、栄はそっと宏美の腕を外す。
「食の好みを知るためにも、食べて頂きたいんです。それに、せっかく作って来たんですもの。無駄にしたくないんです……。だめですか?」
「えっと……じゃあ、少しだけ……」と、力無く返事をする以外無かった。
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