第75話 見合い相手(2)
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「嬉しい!」
宏美は手を合わせて喜んでいた。
栄は「え?」と、困惑顔で宏美の顔を見る。
「じゃあ、来週の水曜日、私、有給取らなきゃ」
「え、あの、すいません。なに?」
「え?」
「あ、あの、本当ごめんなさい。失礼ながら、ちょっと考え事をしていて、聞き逃してしまったのですが……」
栄は怒られることを覚悟で正直に言った。しかし、宏美は驚いた顔をしたものの、すぐにクスクスと笑い、「お仕事熱心ですね」と言ってきた。
「来週の水曜が定休日とお聞きして、良かったら映画でも観に行きませんかと、お誘いしたんですよ?そしたら、栄さん、『ええ』っておっしゃったんじゃないですかあ」
嬉しそうに話す宏美の顔を見て、栄は自分の愚かさを深く反省した。
「あの……。了解しておいて申し訳ないのですが、水曜は里々衣との時間と決めていますので……」
栄は「本当に申し訳ない」と頭を下げると、宏美の顔は見る見る笑顔を失っていく。
「本当に、何とお詫び言ったら……」
弱り切った栄を見た宏美は、気を取り直したのか「いいんです。いいんですよ。気になさらないで下さい。里々衣ちゃんと約束されているのであれば、仕方ないですから」と、大人な笑みを浮かべた。
栄は「すみません」と、疲れ切った笑みを見せ、再度、謝った。
その後の会話には、栄はうんざりしつつも、先程の様な失態を避けるため、宏美の話に耳を傾け、時々、面白くも無いのに笑ってやり過ごした。
一時間ほどして雪達が戻ってくると、その日はそれでお開きになった。
宏美は、やたら栄が何の車に乗って来たのかと気にしていたが、栄は眠そうな里々衣を抱き、無視し続けた。車に乗せろと言いかねない。そんな気がしたのだ。
栄はホテルを出るなり、雪に耳打ちをした。
「すみませんが、二、三日後で良いので、お断りの連絡をして下さい」
「どうして?」
雪は驚いた顔で囁く。
「どうしてって……。いや、何というか。俺には合いません」
「ええ?そう?話し盛り上がってたじゃない」
「いえ、彼女が勝手に一人で話していただけですよ。とにかく、そう言うことですから。じゃあ、また明日」
それだけ言い残すと、栄は里々衣を連れて車に乗り込んだ。
運転をしながら、栄は煙草に手を伸ばし、ふとバックミラーを見た。後部座席で雪から買い与えられたぬいぐるみを手に、大人しく寝ている里々衣を見て、まだ火が付いていない咥えた煙草を、助手席に投げた。
実母の葬儀以降、止めていた煙草を、百合の葬儀以来、気が付けば手を伸ばしていた。それでも、人の前では吸わない、という、自分の中で決まり事を作っていた。例え里々衣が寝ていても、人前には代わりない。
ハンドルを握り締める指先が、苛立たしげにリズムを刻んだ。
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