第74話 見合い相手(1)
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指定されたホテルには、既に勝俊と雪が来ていた。
栄は雪が笑顔で手を振るのを見つけ、小さく手を振り笑顔を向けようとした。が、瞬時にそれは消えた。
雪の隣には、見知らぬ女性が立っていた。
オフホワイトのスーツを着たその女性は、胸の位置まであるウェーブのかかった髪を軽く払うと、型にはめたような作り笑顔で栄に会釈をする。
栄は二人の元に近寄ると、僅かに微笑みつつ「はじめまして」と挨拶をした。少しの離れた距離であるにも関わらず、見合い相手からは甘ったるい人工的な香りが漂ってきて、思わず軽く咳払いをする。
栄は自分でも香水はつけるが、ほんの僅かだ。飲食店勤めであるという理由もあるが、そもそも、それほど香水が好きなわけでは無かった。にも関わらず、香水をつける理由。
それは、亡くなった妻の百合が香水好きだったからだ。しかし百合も、ほんのりと香る程度の量しかつけてはいなかった。妻が好きだった香りを、毎朝、胸の辺りにひと吹きもしない程度につける。そうする事で『百合と共に居る』と、思えるからだ。
百合とは違うな。
当たり前のことをだが、そう感じながら俯く。ふと、手の中の小さな温もりが、僅かに強く握られた。ちらりと、里々衣を見る。
里々衣は、じっと栄を見つめている。百合と良く似た瞳。それを見て、ほっとし、きゅっと握り返す。
五人は、勝俊が予約をしていたホテル内にあるレストランへ向かった。
「栄さんは、普段、どういったご飯がお好みなんですか?」
柳原宏美と名乗った女性は、終始笑顔を崩さず、積極的に栄に話しかけてきた。
栄は当たり障りのない返事をし続け、早く時間が過ぎないかと思っていた。
「食事は、もっぱら里々衣が好きな物が中心ですね。僕自身は、特には」
「へえ、栄さんがお食事の支度をなさってるんですか?お仕事もされてるのに、すごいわ。りりいちゃん、お父さん、優しいねえ」
宏美は里々衣に微笑みかける。
栄の隣りに座って大人しくオムライスを食べていた里々衣は、口の周りをケチャップで汚しながら、ちらりと宏美を見ただけ。栄はナプキンを一枚取ると、黙って里々衣の口をそっと拭いた。
宏美は、その姿を微笑みながらも、じっと見つめていた。が……。
その瞳は、見る者が見れば分かる、獲物を狙う雌ヒョウの如く、鋭い光を宿していた。
食事が終わると、勝俊と雪が里々衣を連れて席を外すと言い出した。里々衣は嫌がったが、雪が「おもちゃ買いに行こう」と言い、半ば強引に連れて行った。
栄は、情け無い表情で三人の後ろ姿を見送る。自分もそちら側へ行きたいと、切に願いながら。
というのも、既に宏美との会話に、うんざりしていた。
彼女の口から出てくる言葉は、大袈裟なくらいに栄を褒めちぎる賞賛の言葉と、栄が言った意見が、全て自分と同じだという、分かりやすい嘘ばかり。
宏美には「自分」が無いのかと思えるほどだった。その度、栄は心の中で深い溜め息をつくと共に、百合を思い出していた。
百合だったらこう言うだろう、百合だったらそんな言い方はしないだろ……気が付けば、宏美の話を殆ど上の空で聞いていた。
そのせいもあって、宏美が「本当ですか!」と大声で喜びの声を上げたことで、我に返り、嫌な予感が全身を包み込んだ。
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