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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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71/201

第70話 嫌な予感

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





「おはよう、ハル君」


 デスク仕事をしていた栄は書類から顔を上げ、微笑む。


「おはようございます。雪さん」


 そう返し、再び書類に顔を向ける。


「ハル君」


 雪は事務所のドアに寄りかかり、自分の両手の爪を見ながら栄の名前を呼んだ。


「はい?」


 栄は顔を上げずに返事をする。普段なら、相手の顔を見て話をするが、この時は何となく、嫌な予感がしたからだ。


「今度の六日。振り替え休日の日さ、空いてる?」


「六日ですか?」


 視線だけ卓上カレンダーに向ける。


「特別、用はないですけど。何でです?」


 栄は顔を上げて雪を見た。

 雪は栄に目を向けず、窓の外に顔を向け「うん」と言い、窓に近づく。雪が何かしら、栄が嫌がるだろう話をする時の癖だ。栄は、雪にばれないように、小さく息を吐く。


「前に話したさ、いい人が居たら紹介するって言ったじゃない?覚えてる?」


 栄は心の中で「やっぱり。ついに来たか」と舌打ちをした。


「ああ、そんな話し、してましたねえ」


 栄は少し声のトーンを落とし、気のない言い方をした。


「六日にね、どうかなって。先方には、もう了解取ってあるんだって。だから、あとはハル君次第なんだけど……」


 栄は再び小さく息を吐き出すと、持っていたペンを置き、雪に顔を向けた。

 雪は幾分、不安そうな表情で栄の様子を窺っている。栄と目が合うと、すぐに作り笑顔で「どうかな?」と首を傾げる。

 栄は両腕を上げ、両手を頭の後ろ持って行き、回転椅子を回転させ、後ろを向いた。

 窓の外は、雲がゆっくり流れ、気持ちの良い天気だ。

 今回断っても、また来るだろう。一度行くだけ行けば、雪も満足するかも知れない、そう思い、息を深く吐き出すと、再び椅子を回転させた。


「分かりました。里々衣も一緒でいいんですよね?」


 その返事に、雪はあからさまに安心したような表情を見せた。


「ええ、もちろん。じゃあ、時間や場所は明日か明後日に言うから。じゃあ、よろしくね」


 そう言い残し、雪は事務所を出て行った。

 栄は、朝から何度目かの深い溜め息をつくと、デスクの引き出しからフォトスタンドを取り出した。


 満面の笑みを浮かべ、産まれたばかりの里々衣を抱えた百合の写真。

 栄は写真の中の百合の頬を、指先でそっと撫でるように触れる。


「百合……」


 声に出して名前を呼んでも、返事はない。それは、何年繰り返しても、同じ事だ。

 フォトスタンドをデスクの上に伏せて置くと、両肘をデスクの上に付き、両手で顔を覆った。

 ゆっくり深く息を吐き出し、ゆっくり深く息を吸い込む。

 微かに震えていた身体が、息と共に吹き飛んだのか、震えは止まり、落ち着いた。 





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!



同時進行でミステリー系ヒューマンドラマ

『Memory lane 記憶の旅』更新中!

https://book1.adouzi.eu.org/n7278hv/



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