第69話 尊敬に値する人
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時計の針は、もう八時近かった。
美夜は、急いで製造作業をしようと冷蔵庫をあけると。
「え……」
冷蔵庫の中には、今日販売する分のケーキや予約のホールケーキなど、完成された物が入っている。美夜が担当しているイチゴのタルトや焼き菓子を焼く以外の殆どの物が作り終えており、後はケーキをプレートに並べて、ショーケースに入れるだけの状態だ。
「コウさん……」
「ん?」
「何時から来てたんですか?殆ど終わってますけど……」
美夜は振り向いて光を見た。光は両腕を上に伸ばし、欠伸をすると「三時半かな」となんて事ないと言わんばかり答える。
「そんなに早く……?」
美夜は目を見開き、驚き顔で訊いた。
「新作の事もあったけど、今日、途中ちょっと抜けたくてね。だから、今日の分は殆ど終わってるんだ。後は、焼き菓子を少し焼いて、明日の分の下拵えをって感じかな」
光はそう言うと「洗い物お願い」と美夜に言い、次の作業へ向かい始めた。
美夜は軽やかな動作で作業を熟す光を見つめる。踊るようなリズミカルな動きには一切の無駄はなく、美しい。その姿を見て、ふと、沖田光という人物の凄さを、改めて感じた。
やはり凄い人物なのだと。本来なら、こんな気安く話せる相手じゃ無いのかも知れない。Lisに出会えた事、光の元で働ける事、勘違いをして面接に来た自分を雇ってくれた事に、改めて心の中で感謝した。
美夜は洗い場に行くと、道具やトレー、型などを洗った。今は、自分に出来る事を確実に、丁寧に行なっていこう。そしていつか、光に認めてもらえるケーキが作れるようになろうと、より一層、思いを強くした。
「そういえば……コウさん、今日、午後から出掛けられるんですか?」
美夜は洗い物をしながら、先程、光がさらりと放った言葉を思い出し、大きな声で訊いた。
光は「そう」と短く答える。
「どこへ行かれるんですか?」
「ケーキ屋だよ。毎月最低でも一度、ケーキ屋回るんだ。色んな所のケーキを食べ歩く。今の時期、限定物が多く出るんだよ。こどもの日限定とか。だいたい月二回は行くけど、今月は今日しか時間が取れそうにないから。調べたケーキ屋に研究しに行こうかな、と」
美夜は「ええ!」と叫び声を上げて振り向き、光は驚いた顔で美夜を見る。
「私も行きたい!」
その叫びに驚きつつ、光は困ったように笑うと、申し訳なさそうに誤った。
「今日は無理だよ。ごめん。また今度な」
「今度っていつですか?」
拗ねるように言う美夜に、光は苦笑いしつつカレンダーを捲り見た。
「そうだな……。今月は無理だけど。来月ならいいよ」
その返事に美夜は満面の笑みを見せ、「約束ですよ!」と言い、洗い物に戻った。
「そんなに行きたいかね……」
光は苦笑いしつつ独りごちると、作業を再開した。
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