第67話 ジュレ・ア・オランジェ
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翌朝、美夜はすっかり熱も下がり、身体もだいぶ軽くなっていた。
店へ行き、コスチュームに着替えを済ませ、事務所へ向かう。胸の奥の熱は、今はない。平常心である事に、少しほっとしつつ、事務所のドアをノックする。返事はなく、もう一度ノックをしてドアを開ける。事務所内に栄は居なかったが、ジャケットがハンガーに掛かっていた。
二階に居るのだろうかと思い、美夜は二階に向かった。
「おはようございます」
いつもの様に大きな声で挨拶をすると、厨房から二人の声が聞こえ中を覗く。美夜を見て、光が僅かにほっとしたような笑みを浮かべた。
「おはよ」
「おはよう、美夜ちゃん。気分はどう?元気になった?」
栄は心配そうに眉を寄せ、小首を傾げる。
「おはようございます。この間はご迷惑おかけしました。もう大丈夫です。ありがとうございます」
「いいえ。うん、この間より顔色良いね。よかった」
「ご心配おかけしました。ありがとうございます。もう、元気です」
美夜がはにかみながら答えると、栄は軽く頷き、「ちょっと来て」と、美夜を手招きした。
美夜は手を洗い、栄と光の元へ近寄った。
二人の前には、美夜が初めて見る菓子が三種類、置かれている。
どれも、プラスチック製のパフェなどに使う様な小さなデザートカップで、中はプリンとゼリーのようだ。
「これ、ちょっと食べてみてくれる?」
美夜は光に言われるまま、一番手前にあるカップを手に取った。
「これ、新作ですか?」
「そう。二日間だけの限定品」
光がそう言うと、美夜は「二日間だけ?」と小首を傾げる。栄が「そう、二日間だけ」といい、美夜に説明を始める。
「今日から五月ですが、五月と言えば連休がありますね」
「はい」
「商店街で、祭りがあるんだよ。二日間だけ。それで、うちは店は閉めてるんだけど、テントブースで参加をするんだ。そこでは毎回、その日限定のお菓子を引っ提げて行くんだけどね。去年が異常な暑さだったから、今年は喉越しの良い物をと思ってね」
「かと言って、ソルベとか持って行っちゃうと、駄菓子屋さんのアイスと被るから、それは出さないけど。で、どうかな?」
「はい」
透明なカップに、下から順に赤、ピンク、薄い黄色、無色透明のグラデーションになっていた。透明な部分はクラッシュゼリーになっていて、上には小さくカットされたグレープフルーツとオレンジ、ミントの葉が飾られている。
一口、口に含む。ゼリーは柑橘系で、甘さ控えめのさっぱりしたものだ。
柔らかな舌触りに、すっと溶ける様に流れる喉越し。下に行くにつれ、少しゼリーが硬くなるが、それがまた癖になりそうな感覚だ。
「これは着色したんですか?」
「いや、天然色だよ。下から、ブラットオレンジ、ピンクグレープフルーツ、グレープフルーツ。透明な部分は、少しレモンを使ってる。着色は避けたかったし、タケさんがいい柑橘系を揃えてくれたからね。その物を生かしたかったんだ。ブラッドとピンクの境はちょっと苦労したけど」
タケさんの名を聞き、美夜は表情を和らげた。Lisのチーズケーキをこよなく愛する青果店の亭主だ。美夜が初めてLisへ訪れた時に出会った常連客である。
「綺麗ですよね。上の透明なクラッシュゼリーが涼しげだし。下の方のゼリーの堅さは、もう気持ち柔らかくできますか?」
「うん、可能だよ。ただ、あんまり柔らかすぎると、反対に溶けやすくなるから。そんなに柔らかくは出来ないけど」
「ああ、そうか。そうですね。野外ですもんね」
そう言うと、栄が頷く。
「まあ、ポータブル冷蔵庫の中に入れてるとはいえ、混雑すると蓋を何度も開け閉めするから、温度が保てない可能性もあるし」
その言葉に美夜が頷くと、光は次のカップを手渡す。
「これはどうかな?」
白いプリン状のもので、少し絞った生クリームの上に、飾り切りしたイチゴとラズベリー、ミントの葉が飾られていた。
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