第65話 恋雨
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車に乗り込むと、栄はゆっくりと車を走らせた。
「雨がひどくなってきたね。この中、歩いて帰ってたら完全に悪化してる」
栄は顔を前に向けたまま言った。
美夜は栄の横顔をちらりと見る。筋の通った高い鼻、きゅっと結んだ薄い唇。耳にかかる少し濡れた柔らかい髪。
「ご迷惑かけて、すみません……」
美夜の消え入りそうな囁き声は、栄の耳にちゃんと届いていた。
栄は横目で美夜を一瞥すると、口角を持ち上げ「気にしなくて良いよ」と返す。
その艶のある優しい声色に、鼓動が早くなる。美夜はその鼓動を、なるべく気にしない様にと、顔を前に向け、雨に濡れる窓硝子をじっと見つめた。カーステレオから僅かに流れる洋楽。美夜は、何を歌っているのか分からなかったが、何故だか恋愛について歌っている気がした。それも、今の自分に重なる様な片想いの詩。切ない女性ボーカルの声に、もう少し聴いていたい気持ちになる。しかし、あっと言う間にアパートの前に到着してしまった。
「ここで良いかな?」
「はい、大丈夫です。すみません、ありがとうございました」
美夜は栄に礼を言い、車を降りた。
小走りで雨の当たらない場所へ行くと、振り向いて栄の車を見る。
「ありがとうございました」と再度、頭を下げると、栄は窓を開けて声を上げた。
「いいから、早く部屋に入って。また木曜日に!お大事に!」
そう言うと、にっこりと微笑んで片手を振る。美夜は慌てて小さく手を振り、会釈をすると、栄は車をUターンさせ店に戻って行った。
美夜は車が見えなくなるまで見送り、アパートの中に入っていった。
自室に入ると、ベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。暫くして、仰向けに寝転がる。そっと、栄の腕が当たった自分の腕に触れた。
目を閉じると、栄の顔が浮かんでくる。心配そうに美夜を見る顔、美夜を真似てショーケースの前で柏手を打った栄、車を運転する栄。
美夜は身を横にし丸くなり、栄を想ったまま意識は眠りの入り口のドアを開けた。
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