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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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65/201

第64話 微熱

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 栄への想いで、いっぱいいっぱいになっているだけだと思っていだが、身体の気だるさから、光の言う通り風邪なのかも知れないとさえ思い始めた。風邪の熱を、栄への想いだと勘違いをしているのかも知れない、そんな事を思いながら、食事を済ませた。

 光は美夜が食べ終わるのを待ち、美夜が食べ終わると、二人分の食器を持って立ち上がった。


「あ……自分で片します……」


「いいよ、今日は。栄には俺から言っておくから、中西は雪さんに声かけて、早く帰れ」


「……ごめんなさい……ありがとうございます。本当に、すいません」


「いいよ。気をつけて帰れよ」


「はい」


「お疲れ」


「お疲れ様です……」 


 光が休憩室から出ると、美夜は休憩室の窓の外を眺めた。

 朝は降っていなかった雨が降り始めなのか、窓硝子を少し濡らしている。

 美夜は立ち上がり、雪の元へ向かった。

 雪は美夜の赤い顔を見て「そうね、帰った方が良いわ」と心配そうに頷くと「大丈夫だから、しっかり休んでね」と優しい声色で声をかける。

 美夜は「すみません」と頭を下げ、ゆっくりとその場を離れた。

 更衣室でのろのろと着替えをし、外に出ると、栄が裏口から入ってきた所だった。


「あ、美夜ちゃん。大丈夫?熱あるって訊いたけど、一人で帰れる?なんだったら送るけど。雨も降ってきたし」


 栄は心配そうに美夜を見下ろした。

 美夜の心臓は、とくんと音を立てて速く動き出す。胸元に軽く拳を当てると「大丈夫です、帰れます」と俯く。

 栄は美夜の赤く染まる頬に手の甲をそっと当てて、「これ、一人で帰れる様には見えないけど」と、小さく息を吐く。

 美夜は俯いたまま、栄の手の冷たさに目を閉じた。心地よく、このまま触っていて欲しいと思ってしまう。

 栄は小さく唸ると「やっぱ、送るよ」と言い、本屋に向かい、暖簾を捲って雪に声をかける。二言、三言、言葉を交わすと、美夜の元に戻ってきた。


「美夜ちゃん、もう少し我慢できる?車取ってくるから、休憩室で待っててくれるかな?」


「でも……お店に人が……」


「大丈夫だよ。二階はコウが居るし、心配ない。それに、こう雨が降ってると、客足も少なくなるから。じゃあ、休憩室で待ってて」


 栄は事務所に入ると、エプロンを外し、ジャケットを羽織って出てきた。手には透明なビニール傘を持ち、「じゃあ、行ってくるから」と言い、裏口から出て行った。

 美夜は言われたとおり、休憩室で休んでいる事にした。

 気怠そうに椅子に座ると、テーブルの上にうつ伏せになる。

 先ほど栄に触られた頬に、自分の手の甲をそっと当てて、そっと目を瞑った。


「しっかりしなきゃ、美夜。これじゃあ、みんなに迷惑かけてるだけじゃない……」


 美夜は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ほんの少し、心が落ち着いた様な気がする。


「大丈夫。ちょっと戸惑っただけ……」


 そう呟くと、目を開いて、頬から手を離した。 

 雨脚が強くなったのか、窓に当たる雨の音が先ほどより大きく聞こえはじめる。その音を、テーブルにうつ伏せたまま聞いていた。雨音が何かの音楽を奏でるかのように、優しく耳の奥に響く。

 十五分ほどして、栄が休憩室へ入ってきた。


「ごめんね、遅くなって。行こうか」


 美夜はテーブルから顔を上げ栄を見ると、心臓は落ち着いていた。大丈夫、と心の中で呟く。美夜は小さく頷くと、休憩室を出た。

 本屋の暖簾を潜り、店内から外に出る。

 雪に「気をつけて」と見送られながら、栄と身を寄せ合って傘の中に入った。

 触れ合う腕。そこから再び熱が上がる様な気さえする。ほんの数歩の距離だったが、美夜にはとても長い距離に感じた。




最後まで読んで頂き、ありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
[一言] 恋の病…!いいですねぇ!このまま最後まで行ってくれたらなぁ、と思うのですが、なんか不確実なところもあり…楽しみです!
2022/12/22 09:16 退会済み
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