第64話 微熱
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
栄への想いで、いっぱいいっぱいになっているだけだと思っていだが、身体の気だるさから、光の言う通り風邪なのかも知れないとさえ思い始めた。風邪の熱を、栄への想いだと勘違いをしているのかも知れない、そんな事を思いながら、食事を済ませた。
光は美夜が食べ終わるのを待ち、美夜が食べ終わると、二人分の食器を持って立ち上がった。
「あ……自分で片します……」
「いいよ、今日は。栄には俺から言っておくから、中西は雪さんに声かけて、早く帰れ」
「……ごめんなさい……ありがとうございます。本当に、すいません」
「いいよ。気をつけて帰れよ」
「はい」
「お疲れ」
「お疲れ様です……」
光が休憩室から出ると、美夜は休憩室の窓の外を眺めた。
朝は降っていなかった雨が降り始めなのか、窓硝子を少し濡らしている。
美夜は立ち上がり、雪の元へ向かった。
雪は美夜の赤い顔を見て「そうね、帰った方が良いわ」と心配そうに頷くと「大丈夫だから、しっかり休んでね」と優しい声色で声をかける。
美夜は「すみません」と頭を下げ、ゆっくりとその場を離れた。
更衣室でのろのろと着替えをし、外に出ると、栄が裏口から入ってきた所だった。
「あ、美夜ちゃん。大丈夫?熱あるって訊いたけど、一人で帰れる?なんだったら送るけど。雨も降ってきたし」
栄は心配そうに美夜を見下ろした。
美夜の心臓は、とくんと音を立てて速く動き出す。胸元に軽く拳を当てると「大丈夫です、帰れます」と俯く。
栄は美夜の赤く染まる頬に手の甲をそっと当てて、「これ、一人で帰れる様には見えないけど」と、小さく息を吐く。
美夜は俯いたまま、栄の手の冷たさに目を閉じた。心地よく、このまま触っていて欲しいと思ってしまう。
栄は小さく唸ると「やっぱ、送るよ」と言い、本屋に向かい、暖簾を捲って雪に声をかける。二言、三言、言葉を交わすと、美夜の元に戻ってきた。
「美夜ちゃん、もう少し我慢できる?車取ってくるから、休憩室で待っててくれるかな?」
「でも……お店に人が……」
「大丈夫だよ。二階はコウが居るし、心配ない。それに、こう雨が降ってると、客足も少なくなるから。じゃあ、休憩室で待ってて」
栄は事務所に入ると、エプロンを外し、ジャケットを羽織って出てきた。手には透明なビニール傘を持ち、「じゃあ、行ってくるから」と言い、裏口から出て行った。
美夜は言われたとおり、休憩室で休んでいる事にした。
気怠そうに椅子に座ると、テーブルの上にうつ伏せになる。
先ほど栄に触られた頬に、自分の手の甲をそっと当てて、そっと目を瞑った。
「しっかりしなきゃ、美夜。これじゃあ、みんなに迷惑かけてるだけじゃない……」
美夜は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ほんの少し、心が落ち着いた様な気がする。
「大丈夫。ちょっと戸惑っただけ……」
そう呟くと、目を開いて、頬から手を離した。
雨脚が強くなったのか、窓に当たる雨の音が先ほどより大きく聞こえはじめる。その音を、テーブルにうつ伏せたまま聞いていた。雨音が何かの音楽を奏でるかのように、優しく耳の奥に響く。
十五分ほどして、栄が休憩室へ入ってきた。
「ごめんね、遅くなって。行こうか」
美夜はテーブルから顔を上げ栄を見ると、心臓は落ち着いていた。大丈夫、と心の中で呟く。美夜は小さく頷くと、休憩室を出た。
本屋の暖簾を潜り、店内から外に出る。
雪に「気をつけて」と見送られながら、栄と身を寄せ合って傘の中に入った。
触れ合う腕。そこから再び熱が上がる様な気さえする。ほんの数歩の距離だったが、美夜にはとても長い距離に感じた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
同時進行でミステリー系ヒューマンドラマ
『Memory lane 記憶の旅』更新中!
https://book1.adouzi.eu.org/n7278hv/
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




