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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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第63話 恋煩い

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 昼休憩に入ると、光は目の前に座る美夜を、訝しげに見つめた。美夜はたった半日でげっそりとし、(やつ)れている様に見える。


「中西……具合でも悪いのか?今日、朝からずっと変だぞ」


 光は雪特製の具沢山スープを口に運びながら訊いた。

 美夜は虚ろな目で僅かに笑を浮かべて、小さく首を横に振る。


「いえ、ちょっと朝から張り切りすぎただけです。大丈夫です」


「……本当かよ……」


 光は疑わしい顔で美夜を見たが、美夜は「はは」と小さく笑い、用意されていた食パンを一口かじった。


「あ、このパン美味しい……」


 美夜は弱々しい声で言った。


「このパンは、商店街にある『クローバ』ってパン屋のだよ。ここのおじさんは、研究熱心でね。これは米粉で出来たパンなんだ」


 もっちりとした食感が、他のパンとは違った。キツネ色に焼けた表面には、バターも何も付けていないのに甘さがあり、生地そのものの美味しさで、十分食べる事が出来た。


「この前、おいしいクロワッサンの作り方を教えてくれって言われて、教えたんだ。今度買って食べてみると良いよ。他の店のクロワッサンと、歯触りが全然違うから」


 光は以前に比べると、よく話す様になった。美夜が入った当初は、食事中に話しをする事は全くと言っていい程なかった。仕事中は、今でも無駄話はしないが、それ以外ではよく話し、良く笑う。

 栄の話しによれば、里々衣程ではないが、光も人見知りなのだと言っていた。たが、本人は違うと言い張った。


「人見知りなら、接客なんかしない」と言ったが、光が接客する事は殆ど無いに等しかったので、それもあまり説得力のある言葉には聞こえなかった。それ以前に、自分が納得した客以外には商品を売らないという、困った所があるため、光をなるべく接客から遠ざけていることもあった。それ故、必然的に接客経験が少ないのだ。


「中西、聞いてる?」


 美夜は「はい?」とぼんやりとした顔で返事をし、光を見た。

 光は眉間に皺を寄せ、「本当に、大丈夫か?」と訊く。

「心配いらないですよ」と笑ってみせると、その笑顔が相当怪しかったのか、光は益々眉間の皺を深くさせた。


 美夜は食事をするのも億劫になりつつあった。栄とちょっと言葉を交わすだけ、ちょっと名前を呼ばれた、ちょっと目が合った、その度に、心臓が飛び出しそうなぐらい緊張し、恥ずかしく、嬉しかった。そんな中、仕事を失敗しない様に神経を使っていたせいか、いつもの倍の疲れが出たようだ。

 スープを一口食べ、思わず溜め息が零れる。

 光は食べる手を止め、眉間に皺を寄せ美夜を見つめる。

 不意に、美夜の額に冷たいものが当たった。

 光の手だ。


「お前、今日はもう帰った方が良い。熱あるよ」


 光は美夜の額から手を離すと、眉を顰めて言った。


「大丈夫です。平気です」


 美夜が慌てて言うと、光は厳しい声を出し「駄目だ」と短く言う。


「これ以上悪化して、仕事に支障が出る方が迷惑だ。今の所はしっかりやってくれてるけど、今の様子だとあまり良いとは言い難い。熱が上がってふらついたら、失敗所か、大怪我に繋がる」


「でも……」


「いいから、それ食ったら帰れ。幸い、明日は定休日だし、ゆっくり休んで、木曜からしっかり働ける様にしてくれ。いいな?」


「……はい。ごめんなさい」


「じゃあ、さっさと食べよ」


 光は食事を再開し、美夜もゆっくりスープを口に運んだ。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


同時進行でミステリー系ヒューマンドラマ

『Memory lane 記憶の旅』更新中!

https://book1.adouzi.eu.org/n7278hv/



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