第63話 恋煩い
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昼休憩に入ると、光は目の前に座る美夜を、訝しげに見つめた。美夜はたった半日でげっそりとし、窶れている様に見える。
「中西……具合でも悪いのか?今日、朝からずっと変だぞ」
光は雪特製の具沢山スープを口に運びながら訊いた。
美夜は虚ろな目で僅かに笑を浮かべて、小さく首を横に振る。
「いえ、ちょっと朝から張り切りすぎただけです。大丈夫です」
「……本当かよ……」
光は疑わしい顔で美夜を見たが、美夜は「はは」と小さく笑い、用意されていた食パンを一口かじった。
「あ、このパン美味しい……」
美夜は弱々しい声で言った。
「このパンは、商店街にある『クローバ』ってパン屋のだよ。ここのおじさんは、研究熱心でね。これは米粉で出来たパンなんだ」
もっちりとした食感が、他のパンとは違った。キツネ色に焼けた表面には、バターも何も付けていないのに甘さがあり、生地そのものの美味しさで、十分食べる事が出来た。
「この前、おいしいクロワッサンの作り方を教えてくれって言われて、教えたんだ。今度買って食べてみると良いよ。他の店のクロワッサンと、歯触りが全然違うから」
光は以前に比べると、よく話す様になった。美夜が入った当初は、食事中に話しをする事は全くと言っていい程なかった。仕事中は、今でも無駄話はしないが、それ以外ではよく話し、良く笑う。
栄の話しによれば、里々衣程ではないが、光も人見知りなのだと言っていた。たが、本人は違うと言い張った。
「人見知りなら、接客なんかしない」と言ったが、光が接客する事は殆ど無いに等しかったので、それもあまり説得力のある言葉には聞こえなかった。それ以前に、自分が納得した客以外には商品を売らないという、困った所があるため、光をなるべく接客から遠ざけていることもあった。それ故、必然的に接客経験が少ないのだ。
「中西、聞いてる?」
美夜は「はい?」とぼんやりとした顔で返事をし、光を見た。
光は眉間に皺を寄せ、「本当に、大丈夫か?」と訊く。
「心配いらないですよ」と笑ってみせると、その笑顔が相当怪しかったのか、光は益々眉間の皺を深くさせた。
美夜は食事をするのも億劫になりつつあった。栄とちょっと言葉を交わすだけ、ちょっと名前を呼ばれた、ちょっと目が合った、その度に、心臓が飛び出しそうなぐらい緊張し、恥ずかしく、嬉しかった。そんな中、仕事を失敗しない様に神経を使っていたせいか、いつもの倍の疲れが出たようだ。
スープを一口食べ、思わず溜め息が零れる。
光は食べる手を止め、眉間に皺を寄せ美夜を見つめる。
不意に、美夜の額に冷たいものが当たった。
光の手だ。
「お前、今日はもう帰った方が良い。熱あるよ」
光は美夜の額から手を離すと、眉を顰めて言った。
「大丈夫です。平気です」
美夜が慌てて言うと、光は厳しい声を出し「駄目だ」と短く言う。
「これ以上悪化して、仕事に支障が出る方が迷惑だ。今の所はしっかりやってくれてるけど、今の様子だとあまり良いとは言い難い。熱が上がってふらついたら、失敗所か、大怪我に繋がる」
「でも……」
「いいから、それ食ったら帰れ。幸い、明日は定休日だし、ゆっくり休んで、木曜からしっかり働ける様にしてくれ。いいな?」
「……はい。ごめんなさい」
「じゃあ、さっさと食べよ」
光は食事を再開し、美夜もゆっくりスープを口に運んだ。
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