第61話 恋心は突然に
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翌朝、美夜は昼過ぎに目を覚ました。
美月の部屋をノックしたが、既に仕事に行ったらしく、部屋には居なかった。
美夜は遅い昼食を取ると、部屋の掃除をし、それが終わると、久しぶりにのんびりとした時間を過ごした。
リビングで好きな音楽を聴いて、好きな本を読んで、好きなフレーバーティーを飲む。些細なことだが、とても贅沢な時間に思える。
ふと、昨日の事が頭に浮かんだ。本を閉じ、レース越しに空を眺める。穏やかな青空が広がっている。
光が作ってくれたケーキ、みんなの笑い顔、栄からのプレゼント。
美夜の心臓が大きく波打った。
自室へ行き、みんなから貰ったプレゼントが入った紙袋を持って、リビングに戻る。
里々衣がくれた、折り紙で作った首飾りを持ち上げ、小さく笑い声を上げる。次に、雪から貰ったスリッパを包みから取り出し、早速使う事にした。
そして、袋の一番下にある、小さな包みを手に取った。
包み紙を取り、小さな箱を開けると、緑色の硝子がはまったピアスを一つ手に取った。目線より少し高い位置に持ち上げ、透かすように見つめる。
とてもシンプルな作りだが、小さな雫を模った硝子は、よく見ると緑色の他に黄色も少量混じり、グラデーションになっていた。
「きれい……」
美夜は鏡を持ってくると、両耳にピアスを付けてみた。
耳たぶの下で小さく揺れる雫の形。美夜は髪の毛をアップにして、自分の耳に付いたピアスを触ったり、角度を変えて眺めたりして、いつまでも鏡の中のピアスに見とれた。それと同時に、私服姿の栄を思い出した。
Tシャツ越しに見えた厚い胸板。シャツの袖を捲った時に見た、綺麗に張り巡らされた腕の筋肉。里々衣とよく似た、焦げ茶色の柔らかいウェーブのかかった髪。光とよく似た、大きくがっしりとした手、長い指先、形の整った爪。
ギャルソン姿の時は、あまり意識した事は無かった。だが、初めて見る私服姿のせいか、自分が如何に細かく栄を見ていたのか、美夜は気が付いた。すると、急に恥ずかしくなる。顔だけでなく身体まで熱くなり、掌には汗をかき始めた。しかし、頭の中は栄の事しか浮かばない。
記憶の中に残っている香水の香り、栄がよく吹く口笛のメロディー、接客向けではない笑顔や、真剣な表情で仕事をする姿、里々衣を見るときの優しい眼差し、車を運転する横顔、髭を剃った、栄の顔。
「美夜ちゃん」
美夜は、はっと顔を上げた。今、確かに、はっきりと栄の声を聞いた気がした。振り向いたが、誰が居るはずもない。
美夜は自分の両耳を触り、目を閉じた。
耳の奥で響く、栄の声。心地よい艶やかなアルトの響き。
美夜は目を静かに開けると、ゆっくりピアスを外し、箱に戻した。蓋を閉め、深く息を吐き出した。
「三十歳……八歳差か……」
そう呟くと、改めて心臓が大きく鼓動を打つのが分かった。
好きになってしまったのだ。
恋愛をした事が無い訳ではない。それなりに付き合った事もある。だが、こんな風に胸が高鳴るような「好き」という気持ちは、初めてだった。今までだって、好きだったから付き合っていた。でも、それらとは明らかに何かが違う。
歳が離れている事、相手が大人である事。それだけでは無い、何か。
『……奥さん、五年前に亡くなったんだって…』
美月の言葉を思い出した。胸がぎゅっと痛くなる。美夜はそっと自分の胸に手を当て、目を瞑った。痛みが徐々に薄らいでいく様な、そんな気がした。
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