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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
3 恋

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62/201

第61話 恋心は突然に

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 翌朝、美夜は昼過ぎに目を覚ました。

 美月の部屋をノックしたが、既に仕事に行ったらしく、部屋には居なかった。

 美夜は遅い昼食を取ると、部屋の掃除をし、それが終わると、久しぶりにのんびりとした時間を過ごした。

 リビングで好きな音楽を聴いて、好きな本を読んで、好きなフレーバーティーを飲む。些細なことだが、とても贅沢な時間に思える。

 ふと、昨日の事が頭に浮かんだ。本を閉じ、レース越しに空を眺める。穏やかな青空が広がっている。

 光が作ってくれたケーキ、みんなの笑い顔、栄からのプレゼント。


 美夜の心臓が大きく波打った。


 自室へ行き、みんなから貰ったプレゼントが入った紙袋を持って、リビングに戻る。

 里々衣がくれた、折り紙で作った首飾りを持ち上げ、小さく笑い声を上げる。次に、雪から貰ったスリッパを包みから取り出し、早速使う事にした。

 そして、袋の一番下にある、小さな包みを手に取った。

 包み紙を取り、小さな箱を開けると、緑色の硝子がはまったピアスを一つ手に取った。目線より少し高い位置に持ち上げ、透かすように見つめる。

 とてもシンプルな作りだが、小さな雫を模った硝子は、よく見ると緑色の他に黄色も少量混じり、グラデーションになっていた。


「きれい……」


 美夜は鏡を持ってくると、両耳にピアスを付けてみた。

 耳たぶの下で小さく揺れる雫の形。美夜は髪の毛をアップにして、自分の耳に付いたピアスを触ったり、角度を変えて眺めたりして、いつまでも鏡の中のピアスに見とれた。それと同時に、私服姿の栄を思い出した。


 Tシャツ越しに見えた厚い胸板。シャツの袖を捲った時に見た、綺麗に張り巡らされた腕の筋肉。里々衣とよく似た、焦げ茶色の柔らかいウェーブのかかった髪。光とよく似た、大きくがっしりとした手、長い指先、形の整った爪。


 ギャルソン姿の時は、あまり意識した事は無かった。だが、初めて見る私服姿のせいか、自分が如何に細かく栄を見ていたのか、美夜は気が付いた。すると、急に恥ずかしくなる。顔だけでなく身体まで熱くなり、掌には汗をかき始めた。しかし、頭の中は栄の事しか浮かばない。

 記憶の中に残っている香水の香り、栄がよく吹く口笛のメロディー、接客向けではない笑顔や、真剣な表情で仕事をする姿、里々衣を見るときの優しい眼差し、車を運転する横顔、髭を剃った、栄の顔。


「美夜ちゃん」


 美夜は、はっと顔を上げた。今、確かに、はっきりと栄の声を聞いた気がした。振り向いたが、誰が居るはずもない。

 美夜は自分の両耳を触り、目を閉じた。

 耳の奥で響く、栄の声。心地よい艶やかなアルトの響き。

 美夜は目を静かに開けると、ゆっくりピアスを外し、箱に戻した。蓋を閉め、深く息を吐き出した。 


「三十歳……八歳差か……」


 そう呟くと、改めて心臓が大きく鼓動を打つのが分かった。


 好きになってしまったのだ。


 恋愛をした事が無い訳ではない。それなりに付き合った事もある。だが、こんな風に胸が高鳴るような「好き」という気持ちは、初めてだった。今までだって、好きだったから付き合っていた。でも、それらとは明らかに何かが違う。

 歳が離れている事、相手が大人である事。それだけでは無い、何か。


『……奥さん、五年前に亡くなったんだって…』


 美月の言葉を思い出した。胸がぎゅっと痛くなる。美夜はそっと自分の胸に手を当て、目を瞑った。痛みが徐々に薄らいでいく様な、そんな気がした。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!



同時進行でミステリー系ヒューマンドラマ

『Memory lane 記憶の旅』更新中!

https://book1.adouzi.eu.org/n7278hv/



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