第59話 栄の奥さん
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暫くして、美月が囁くように話しを始めた。
「美夜、私、栄に悪いこと聞いちゃったよ……」
美月は酷く落ち込んだ様子だった。先ほどから、妙に静かだなと思っていた美夜は、首をかしげ、何があったのか訊いた。
「今日さ、雪さんの旦那さんは来てたのに、栄の奥さんは来てないなって思って、栄に訊いたんだ……」
それは、美夜も気になっていた事だった。この一ヶ月、一度も奥さんの話しが出た事はなかった。だからと言って、美夜から聞く事もなかった。どうしてか、何となく訊けずにいたのだ。
「栄の奥さん、五年前に亡くなったんだって……。里々衣が産まれて直ぐって事だよね……。だって、里々衣は今年六歳になるんだから……。あいつ、泣きそうな顔してるくせに、笑ったんだ……。なんか、すごく触れてはいけない所に触れちゃった気がする……」
美月は居た堪れないほど痛々しい表情をしている。美夜は美月の肩に腕を回し、美月の頭に自分の頭をこつんと当てた。
「仕方ないよ。知らなかったんだもの……。美月は悪くないよ」
美夜は優しく囁いた。美月の痛みが伝わってくる気がした。
「……うん」
美月は小さく頷くと、深く息を吐き出す。吐き出す息は、微かに震え、泣く事を耐えている事を窺わせた。
美夜は美月の腕をさすり、「大丈夫」と囁く。
「お待たせ」
後ろから栄の声が聞こえ、二人が同時に振り向くと、栄は眉を上げて「どうしたの?」と訊いた。
「なんか、二人とも目が赤いけど、大丈夫?」
美夜は、あははと僅かに掠れた声で笑い、目尻をそっと拭う。
「今日のパーティーの事、話していたんです。私たちって本当に幸せだねって、もう、本当にすごく嬉しくなっちゃって……。本当に、ありがとうございました。お心遣い、感謝します」
美夜は頭を下げた。その言葉に、栄はいつもの笑顔を見せて、「そんなに喜んでくれると、こっちもお祝いした甲斐があるよ」と言った。
「さあ、じゃあ行こうか。ごめんね、遅くまでつきあわせちゃって」
「いえ、こちらこそ」
三人は家を出ると、ガレージに向かう。ガレージには黒の小さな車が一台。
「出しちゃうから、ここで待ってて」
栄は車に乗り込み、エンジンを掛ける。
車が通りに出ると、二人は後部座席に乗り込もうとした。それを見て栄は、どちらか前に乗るように言った。
「後ろ、チャイルドシートが付けっぱなしなんだ。それに、途中からガイドも欲しい」
美夜が前に乗り、美月が後部座席に乗ると、シートベルトを締める。
「じゃあ、出発します」
栄の運転は静かで安全運転だった。車の止め方も静かで、がくんと来る不快な止め方はしない。
バス停を過ぎると「こっからナビお願い」と言い、美夜の指示に従って車を動かした。
アパートの前に着き「お疲れ様でした」と二人に振り向き言った。
「今日は、本当にありがとうございました。楽しかったです。プレゼントも、大事にしますね」
美夜はシートベルトを外しながら伝える。
「うん。気に入ってもらえたみたいで良かったよ。それじゃあ、また火曜日からお願いね」
「はい、よろしくお願いします」
美夜が車を降りると、美月は素早く栄に「今日はありがとう、それから、ごめん」と謝った。
栄は後ろを振り向きながら「気にしなくて良いよ」と、優しい笑顔を見せたが、美月はその笑顔から目を逸らし、「おやすみ」と言って車を降りた。
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