第58話 沖田家
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栄は再びモビールを取り始めると、「亡くなったんだ」と、早口で言った。
美月は「え?」と眉を顰めると「いつ?」と小声で訊ねる。
栄は椅子から降りると、モビールをゴミ袋に捨て、手の埃を払う。そして、美月に顔を向けると「もうすぐ、五年になる」と、寂しげに微笑んだ。
「五年……」
美月は眉を顰めたまま呟いた。
「じゃあ、里々衣はお母さんを知らないの……?」
美月は微かに眉を動かした。栄は箒を手に持つと「そう」と、短く呟き、それ以上は何も言わなかった。
美月が小さな声で「ごめん、嫌なこと聞いて」と謝ると、栄は振り向いて小さく微笑み、何も言わずに美月の頭を優しく撫でた。
栄が掃き掃除に戻り、美月は俯いたまま机を整える。なぜか、泣き出したい気持ちが溢れたが、ぐっと堪え、店内の掃除を手伝った。
栄は眠ってしまった里々衣を背負いながら、「家まで送るから、うちまでちょっと付き合って」と言った。
光はもう暫く残ると言い、雪と勝俊とは店の前で別れた。
「そんなに遠くはないから」
と、栄は少し声を落として言い、先を歩く。
店から五分ほど歩くと、住宅街の中に入って行った。
どの家も、それなりに高級そうな良い作りの家が並んでいる。
栄が「ここだよ」と言って立ち止まったその家は、周囲の家とは少し様子が違った。
美夜と美月は黙ってその家を見上げる。
白いペンキで塗られた木で出来た木戸を開けると、玄関まで煉瓦で道が出来ていた。辺りが暗くて良くは見えなかったが、白い壁に、緑の三角屋根が、モンゴメリーの「赤毛のアン」に出てくる家を思い起こさせる。周りの家に比べると、それほど大きな家ではなかったが、店同様の、独特な空気が流れていた。まるで、海外にトリップした様な、そこだけ時間が止まっているかの様な、そんな家だ。
栄はジーンズのポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
ドアを開け、電気を付けて「どうぞ」と二人に家に上がるよう促す。
「里々衣を寝かせてくるから、ちょっと待っててくれないか。この廊下の突き当たりのドアを開ければ、リビングだから。そこで待ってて」
二人は頷くと「お邪魔します」と小声で言い、家に上がった。
家の中は、人の住む、温かい生活感のある香りがした。二人は突き当たりのドアを開け、リビングに入った。美月が電気のスイッチを探し、電気を付ける。
灯で照らされた部屋は、とても綺麗に整頓されていた。
フローリングの床はよく磨かれており、部屋の中は白とライトブラウンの家具で統一されている。リビングには、テレビを見る角度に置かれた二人がけの白いソファと、同じ種類の一人がけのソファが一脚あり、その前には、ガラステーブルが置かれている。テレビ台の脇にあるキャビネットの中には、切子硝子、琉球硝子、ベネチアングラスといったガラス製の食器が飾られている。
リビングの奥にキッチンがあり、ダイニングテーブルが置いてあった。美夜と美月はあまり見回してはいけない様な気がして、黙って二人がけのソファに並んで座った。
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