第53話 時間まで
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光は弁明するかの様に、栄に説明をはじめた。
「あの面接者達は、別に製造に関係なかったじゃないか。何人かは、明らかにハル兄目当てだったし、残りは『英語話せます自慢』ばっかりで、何がしたいのかさっぱりだったし」
「彼女が募集要項をしっかり確認して無くてよかったね」と、栄が苦笑いしながら言う。
「本来なら、その時点で却下だけどな。でも、ああ熱心に言われるとねえ」
光は面接時を思い出し、小さく笑った。
「コウのシチューも誉めてたぞ」
栄は嬉しそうに言うと、光は「ぶふっ」と吹き出した。
「旨くて、本当はおかわりしたかったって。良かったじゃん」
それを聞いて、光は堪らず大笑いする。
「それ、旨かったんじゃないよ。腹減りすぎてたんだよ、あの人」
「ええ?そんな事ないだろ?」
光は、美夜の大きな腹の虫の音を思い出しながら首を横に振る。
「いや、そんなことあるよ。あの日、とんでもない音で腹が鳴ってたんだ。人間、極度の空腹になると、あそこまで大きな音が出るんだな」
あの日の光の大笑いの原因が何か、ようやく分かった栄は、光の楽しそうな笑い顔を見て一緒に笑いながらも「女の子を前に、そんなに笑ったら可哀想だぞ」と、説得力のない注意をした。
歓迎会の当日、美夜は仕事が終わると一旦、家に帰った。と、言うのも、妙に熱心に、家に帰ることを栄と雪に進められたのだ。
「今夜七時にここに来てくれればいいから。ほら、まだ時間もあるし、一旦家に帰って休んできなさいよ」
「そうそう、美月ちゃん連れて、後でまたおいで」
美夜は、歓迎会開始の時間まで、菓子作りの勉強をしたいと思っていた。しかし、いつの間にか光が居なくなっていた事もあり、仕方なく帰ることにした。
家に着くとリビングに行き、ラグマットが敷いてある場所に座り込む。レースカーテン越しの窓の外をぼんやりと眺める。
「あ、美月にLINEしておこう……」
鞄の中を漁り、スマートフォンを取り出すと、美月に家にいることを伝えた。
「……一緒に、行こう、と。これで良いか」
再び、ぼんやりと窓の外の空を見つめる。ふと、自分の身体から甘い香りがしてくるのが分かった。髪や身体に、菓子の香りがついたのだ。
そういえば、光と初めて会ったときもそうだったと、美夜は思った。
美夜に釣り銭を手渡す美青年から、仄かに甘い香りがした事を思い出した。あれは厨房にいることで、身体に染みついた菓子の香りだったのだ。
そうか、と思いながら、ゆっくり立ち上がり、シャワーを浴びることにした。
自室へ行き、今夜出掛ける時に着る服を選び、風呂場へ向かう。
シャワーを浴び、髪を乾かし、着替えを済ませ、洗面所のドアを開けた。
「ただいま」という言葉がリビングから聞こえた。リビングを覗くと、美月が帰ってきていた。
「おかえり」
「何時に出る?」
美夜はリビングの壁に掛かった時計を見上げ、現在の時刻を確認する。間もなく六時になる。
「七時からだから、六時四十分頃に出れば十分だよ」
「そう。じゃあ、私もシャワー浴びてくるわ」
「うん」
美月がシャワーを浴びている間、美夜は出掛ける準備と、今夜帰ってきてから美月に渡すプレゼントの用意をした。
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