第48話 ウサギ
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美夜がシャッターを閉めていると、雪と里々衣が裏口から入ってきた。
「お疲れ様。掃除、手伝うわよ」
「あ、お疲れ様です。ありがとうございます」
美夜が店のドアに鍵を掛けると、雪は叩きを持って本の埃を払い始めた。美夜は里々衣の側に近寄り、少し離れた位置でしゃがむ。ここ数日の、小さな行事だ。
「こんばんは。里々衣ちゃん」
微笑みながら声を掛けると、里々衣はスカートをぎゅっと握り締め、小さな声で「こんばんは」と聴こえた。
美夜は目を見開き驚くと、すぐに満面の笑みになり、腕を伸ばして里々衣の頭を撫でた。
「へえ、五回目で馴れるなんて珍しい」
雪は感心したように二人のやり取りを眺めている。
「この子の人見知りは激しすぎて、馴れるまで時間がかかるのに。困るのが、全く馴れない事もあるんだけどね」
「私も、今日、声を聞けるとは思いませんでした」と、美夜は笑った。
初日から三日間は雪や栄の後ろに隠れて、じっと美夜を見つめていた。四回目は、コウの後ろに隠れて、恥ずかしそうに可愛らしい笑顔を見せてくれた。そして、五回目に会った今日は、可愛らしい声を聞かせてくれたのだ。これが嬉しくない筈がない。
美夜は、しゃがんだまま一歩前に出て里々衣をぎゅっと抱き寄せた。里々衣は笑いながら身体を捩り、美夜の腕から逃げていった。
「行っちゃった」
美夜は店から出て行く里々衣の後ろ姿を見ながら小さく微笑むと、立ち上がって店内の掃き掃除を始めた。
*******
美月は、壁際にある奥の四人席で、絵を描いて待つ事にした。
壁に掛かったギリシャの街並みの写真を見ていると、行った事も無い国にも拘わらず、写真では映し出されていない奥の風景が、自然と頭の中に浮かんでくる。
その美しい光景が、頭の中から消えないうちに絵を描かなくては、と手を動かした。
ふと、隣のテーブルから視線を感じ、顔を上げる。美月と対角線上に、赤いカーディガンを着た、人形のように可愛らしい女の子が、椅子に座ってこちらを見ていた。
焦げ茶色の髪。毛先にカールがかかっている女の子は、外国人の子供かな、と思うほど日本人ぽく無かった。白く極めの細かい綺麗な頬は、仄かにピンクがかって、小さな唇は真っ赤で艶やかだ。
目が合うと、女の子はぷい、と横を向く。が、美月が顔を降ろすと、また視線を感じた。
美月は小さく微笑み、女の子に気が付かない振りをした。そして、画用紙を一枚破ると、素早く絵を描き、半分に折った。
鞄からはさみを取り出し、ちらりと女の子を見る。女の子は、美月の手元をじっと見つめていて、美月が見ている事に気が付いていない。
美月は折った一部に切り込みを入れると、今度は再び折り方を変え、紙を広げた。
紙にはウサギの絵が描かれており、口の部分がパクパクと動く仕掛けになっている。
美月は紙を顔の前に持ってくると、紙を左右に動かし、ウサギの口を動かした。
「こんばんは。今日は良い天気だったね」
声色を変えて女の子に話しかけてみる。そして、女の子の反応を見ようと、少し紙をずらして見てみた。
しかし、女の子は先ほどの席には、もう居なかった。
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