第46話 香水
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
定休日開けの木曜。美夜がLisで働き始めて五回目の書店員。
一時から本屋のレジカウンターに座っていたが、四時半までのお客と言えば、商店街の八百屋の主人、タケさんと、ハンチング帽をかぶった、お洒落なお爺さんが来ただけだった。タケさんは喫茶店に寄るついでに、美夜が居るのに気が付いて挨拶に来ただけで、本を購入してくれたのは、お爺さんだけだった。
お爺さんは、やたらとよく話す人で、美夜は田舎で鍛えた、「お爺ちゃんお婆ちゃんと楽しく会話をする術」を大いに活用。
お爺さんは、そんな美夜を気に入ってくれたのか、三万円分もの買い物をして帰った。
美夜は、あまりの暇さに店内をぶらつき、気になるタイトルと手に取ると、レジカウンターに戻って見てる。それも飽きると、棚整理をはじめる、というふうに時間を過ごしていた。
「……暇だな……こんなんで、本当に大丈夫なのかなあ……」
暇だ、と口にしたことで、余計に虚しい気分になる。ふと、時計を見ると、あと十五分で五時だ。
美夜は「よっこらしょ」とお婆さんのように言い、立ち上がった。
「よっこらしょって、若いのに」
突然後ろから声がして、美夜は足下がよろけるほど驚いて振り向いた。
「ハルさん!」
栄は倒れそうな美夜を見て「大丈夫?」と慌てて手を伸ばし、美夜は顔を真っ赤にして、咄嗟にその手を取った。
「あ、ありがとうございます」
栄のがっしりとした手。妙に胸の奥が締まる気がして、素早く離した。
「どう?こっちは」
「……正直、暇ですね……」
そう答えると、店内に栄の笑い声が明るく響き渡る。
「そうか。まあ、今日はそうかな。いつも、木曜日は暇なんだよね、なぜか。でも、明日は今日よりは、ちょっと忙しいと思うよ。金土は、それなりに人が入るんだ」
「そうか……確かに、初日は混んでたかも。緊張してて、よく覚えてないですけど……」
初めて働き始めた土曜は、雪と元に本屋のレジに立ち、日曜は栄と共にレジに立った。その両日とも、それなりに人が入っていた事を思い出した。
栄は、ふふと、鼻で笑うと、小首をかしげる。
「さ、じゃあ、レジ金の計算をさせてもらって良いかな?」
「あ、はい。お願いします」
美夜は椅子を退かし、横にずれた。
隣に立つ栄は、口笛を吹きながら売り上げの計算を始める。栄が動くたび、仄かに香水の香りが漂う。清涼感のある香りで、香水の香りが得意ではない美夜でも、嫌ではない香りだ。近寄るだけで噎せ返るほど香水を付ける人もいるが、栄はほんの数量なのだろう。
美夜は不思議と、栄の香水の香りに安心感を覚えた。
ちらりと栄の横顔を見る。光とはまた雰囲気の違う、整った横顔。
遠目から見ると、無精髭だと思っていた顎髭は、ちゃんと手入れされている事が分かった。
大人の男の人だなあ、と思っていると、突然栄は嬉しそうな表情を美夜に向けた。
「なんだ、売れてるじゃない。美夜ちゃん、本売った?」
若干、栄に見とれていた美夜は、顔を赤らめ、慌てて「あ、はい」と返事をした。
栄はそんな美夜を見て、「なんだか、まだ緊張してるのかな?」と、苦笑をした。
「今日で……五日目か。大丈夫、この仕事にもすぐに馴れるよ。ああ、あと、コウが言ってたんだけど、美夜ちゃんコウの事、シェフって呼んでるんだって?あいつのことも、コウでいいよ」
栄は微笑みながら言った。美夜は顔を赤らめたまま「わかりました」と返事をした。
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