第44話 里々衣
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雪は焦った様子で「ごめん、もう上がるわね」といって暖簾を潜り、去った。暖簾奥の廊下をパタパタと走り、女子更衣室へ入っていく音が響く。
暫くして、再び店に顔を出すと「じゃあ、六時頃にはまた戻って来るから」と、慌ただしく店を出て行った。
美夜は「お疲れ様でした」と雪の背中に向かって声を掛けが、届く前にドアが閉まった。
美夜は少々驚いた表情で、商店街の方角へ走っていく雪の姿を見送った。
四時半を過ぎると、店内に客は居なくなり、それから客は一人も来なかった。
ずっと緊張していたせいか、口の中が乾いている感覚がある。酸っぱい食べ物を想像してみたり、美味しそうな食べ物を想像すれば、口の中に唾液が出て少しはマシになるだろうかと思ったが、全く効果は無い。
「……喉乾いた……」
美夜がぼそりと呟くと、店のドアが開いた。あと五分で閉店だというのに、と思いながら「いらっしゃいませ」と声を掛けたが、雪が入ってきて、美夜は内心ほっとした。
「ただいま」
「あれ?早かったですね。お帰りなさい」
ふと、雪の足下に目をやると、小さな女の子がいる。
美夜が小首をかしげ、不思議そうな顔をしているのに気が付いた雪は、「はい、ご挨拶は?」と優しく言う。
雪に手を繋がれて入ってきた小さな女の子は、美夜を見るなり雪の後ろに隠れた。
雪は苦笑しながら「ハル君の子供なのよ」と紹介をはじめた。
「里々衣って言うの。ほら、ちゃんとご挨拶しなきゃ。言えるわよね?こんにちはって」
雪は里々衣の前に屈むと、髪の毛を優しく整えた。
美夜はカウンターから出て、数歩近づき、少し離れた位置でしゃがんだ。
「こんにちは。はじめまして。美夜です。よろしくね」
美夜は里々衣に優しく微笑みかける。
里々衣は大きな瞳でじっと美夜を見つめたが、すぐに雪にしがみつて離れなかった。
「駄目だこりゃ。ごめんねえ。この子、すごい人見知りなのよお」
雪は里々衣を抱きかかえながら、美夜に申し訳なさそうな顔で言った。
「いえ、そうだろうなって思いましたから。大丈夫です、気にしてません」
笑いながら言うと、再び穏やかな笑を浮かべ里々衣を見た。
里々衣は恐る恐る美夜を見ている。その姿があまりに可愛らしくて、美夜は自然と顔がにやけ、撫でたくなる衝動を抑えた。
「ちょっとこの子、上に置いてくるわ。また戻って来るから、そしたら、閉店作業一緒にしましょう」
「はい。よろしくお願いします」
雪は裏口から二階に上がり、数分もしないうちに戻ってきた。
美夜は雪にシャッターの閉め方や、掃除道具のある場所を聞きながら、閉店作業をこなした。
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