第38話 美味しそうに見えること
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今日の販売分を全て用意できたのか、暫くすると、美夜に付きっきりで指導をした。
「どうでしょうか」
作り終えると、美夜は光に意見を求める。
光は調理台に両手を乗せ、身体を支える様に立ち、ケーキをあらゆる方向から見た。
真剣な眼差しが、鋭く光る。暫くして、光はナイフでケーキを切り分け、一口食べた。そして、美夜を真正面から見ると、質問をしてきた。
「中西さんは、前の会社でデコラシオンの経験があるのかな?」
「あ、はい。やっていました……」
「なるほどね。デコレは綺麗に出来てると思う。ナパージュも綺麗だ。ただ、一度、前の会社でやっていた事を抜きにしてやってみると良いかもしれないね。規則正しすぎるって言うか。綺麗に飾ることは大切なことではあるけど、美味しそうに見えるというのも、大事なことなんだよ。中西さんのは、綺麗だけど、固い。もう少し、柔軟性があった方が、美味しそうに見えるよ。タルトは少し固いな。焦げの味もする。もう少し早く出してもいいよ。カスタードだけど、ちょっとヴァニレがきついな。もう少し控えめに。そんなところかな。全体としては、そんなに悪くないよ」
美夜は緊張で強張った顔をが徐々に解れ、ほっとしたように微笑み、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
光はそっと微笑むと、「食べてごらん」と言って、美夜に皿を差し出した。
「今日、幾つかケーキを持って帰って試食してみるといい」
「はい。ありがとうございます」
美夜は一口ケーキを食べ、光が注意した点を頭の中で復唱した。
「それ食べたら、出来上がったケーキをドレサージュして、店頭に出してください。中西さんが作ったケーキは、今日のおやつにしよう。冷蔵庫に仕舞っておいて」
「はい」
光は再び自分の仕事に戻った。
美夜は自分が手をつけた分を急いで食べながらも、光の言ったことを頭の中で反復する。食べ終えると、残りを冷蔵庫に仕舞った。
まだまだ学ぶことは多いが、それでも悪くはないスタートが出来たことを嬉しく思った。それもこれも、光の教え方が上手い事もある。そして、ここで働けること、光というパティシエに出会えた事にも、美夜は嬉しく思うと同時に、感謝した。
ケーキをトレーに並べ、店頭のショーケースに並べていく。三段ある棚を、全部ケーキで埋めると、美夜はカウンターを回ってショーケースの前に立った。
色取り取りのケーキが、宝石のように輝き、どれも本当に美味しそうだ。
今日初めて見た、三段目に並べたホールケーキを、美夜は食い入るように見つめた。
自分も作った、光作のイチゴのタルト。光が美夜に伝えようとした言葉がどういう意味か、よく分かる。
「美味しそうに見えること」
光の言葉を、小さく呟いてみる。
美夜は「よし」と気合いを入れると、厨房へ戻っていった。
厨房で洗い物をしていると、栄が顔を出した。
「中西さん、ちょっといいかな」
「はい」
美夜が蛇口を閉めて売り場へ行くと、先日接客してくれた女性店員が立っていた。
デコラシオン(デコレ)…装飾する。今回の話では、デコレーションケーキを指してます。
ナパージュ…タルトなど果物の表面にツヤを出すこと。透明なジェル状のもの。ミノワールとも呼ばれる。
ヴァニレ…バニラのこと。
ドレサージュ…最終の飾り付けのこと。
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