第37話 イチゴのタルト
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厨房の入り口に立つと、「おはようございます」と大きな声で言った。
光はオーブンから焼き菓子を出しながら「おはよう」と言った。
「そこで手洗って、アルコール消毒して」
光は作業の手を止める事なく、背を向けたまま指示を出す。
美夜は返事をすると、小さな手洗い場で手を洗い、消毒をした。振り向くと、光は既に違う仕事に移っている。
「手、洗いました」
美夜が声を掛けると、光が顔を向けた。
青いバンダナを巻いた光は、長い前髪を上げバンダナの中に仕舞い込んでいる。所謂バンダナキャップと呼ばれる巻き方をしていて、前髪でよく見えなかった目や、形の良い眉が見えたことで、光が本当に美男子であることがよく分かった。
光の整った顔を、失礼なほどじっくり見ている美夜に、彼は気にする風でもなく「こっち来て」と、にこりともせずに声を掛けた。
美夜は見とれている場合じゃない、と我に返り、光のそばに近寄った。
光は壁に貼った一覧を見るように指をさす。
「ここには、今日一日のうちに行う予定が書かれています。出来た順からここにあるペンでチェックをつけて下さい」
「はい」
チェック表には、各菓子の名前と、材料名、分量などがフランス語で書かれていた。
「えっと、フランス語で書いてあるけど、大丈夫だよね?」
心なしか不安げに光が訊く。
美夜はざっと目を通した。前の会社ではカタカナ表示だったせいもあり、大分読み方を忘れているところがある。
「どう?」
光は美夜の横顔を見た。
「ごめんなさい、いくつか忘れている単語があります」
「どれ?」
「これと、これと……」
美夜は自信がないものを含め、幾つかを指さした。
光は黙って美夜が指さした所にカタカナをふって日本語訳も書いていった。
「もう大丈夫かな?」
「はい。ごめんなさい。ありがとうございます」
「謝らなくて良いよ。分からないままにされるより、言ってくれた方が良い」
そう言うと、光は早速、美夜に仕事の指示を出す。
「今日から、中西さんに担当してもらうケーキです」
と言って、表の一番下に書かれたものを赤ペンで囲う。
美夜は真剣にその囲いを見た。
「……タルト・オ・フレェズ……イチゴのタルト……」
「そう。これを全行程、お願いします。今日は僕と一緒に作りましょう。分からないことはその都度、必ず聞いて下さい」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
光の教え方は的確で、分かりやすかった。
美夜は自分が作るケーキのことで必死になり、周りを見ていなかったが、光は美夜に教えながらも自分の仕事を手際よくこなしていった。
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