第32話 最強の味方
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栄は下唇を突き出し、光を一瞥すると、美夜の頭にある形の良い旋毛を見つめ、小さく息を吐いた。
「えっとね、中西さん。今回、うちが募集をしているのは、ホールでもないんだ」
「え?では、何のお仕事ですか?」
「この、本屋の方なんです」
「本、ですか?」
「はい」
美夜は呆気に取られたように栄の顔を見つめ、その気の抜けた顔を見た栄は、申し訳なさそうに微笑む。
「そう、でしたか……」
美夜は視線をおろし、小さく微笑み頷いた。
栄がどうしたものかと思っていると、不意に美夜が顔を上げた。たった今まで、驚きとショックの色が濃かった瞳が、一瞬で意志の強そうな瞳に変わっている。
「それで、お願いします。私、本屋でも何でも働きます」
「え!?いいの?それで?ケーキ屋になりたくて東京にきたんでしょう?」
栄は目を見開いて美夜を見る。
「はい。でも、いつか製造で募集するときは、私を製造で働かせてください。それまで、私は本屋で働きます。お願いします」
弱りきった声はどこはやら。腹から出した声で言い切ると、再び美夜は頭を下げた。
栄は心底驚いていた。
ここまで熱心に働きたいと言ってきた人物は、今まで一人も居なかったからだ。
栄はちらりと光を見やる。光が顔を上げて、美夜を見ているのをみて、栄は心の中で「お!」と期待をして、黙って見守る事にした。
数秒程経ってから、ゆっくり光の口が動く。
「いつから来られるの?」
「え?」
栄と美夜は同時に声を上げた。
「いつから来られるの?」
光は同じ台詞を、同じトーンで言う。
「い、いつからでも大丈夫です」
「そう。じゃあ、何時から何時まで?」
「希望はありません」
光は頷くと、組んでいた腕を解き、栄に顔を向ける。
「いいんじゃない?製造助手って事で」
「え?製造助手?何言ってるの。今回は……」
「朝から来てもらって、その日の分のケーキ作りを手伝ってもらう。午後からは本屋。本屋のオープンを十二時からに遅らせれば?それがダメなら、彼女の手が空くまで雪さんに本屋の方頼んでさ。ハル兄、朝、一人で捌けるだろ?」
「無茶言うなよ。朝一はテイクアウトやら何だで色々忙しいんだぞ?」
「じゃあ、大変になったら厨房に声を掛けてよ。彼女を手伝いに行かせるから」
光は淡々と言う。栄は困惑顔で「でもなあ」と言ったが、光は「それでも良いかな?中西さん」と栄の言葉を遮って、美夜に訊ねた。美夜は、何が起きたのかと、ぽかんとした顔で瞬きを繰り返す。その様子を見て、栄は困った様な笑みを浮かべ美夜に訊ねる。
「中西さん、こいつにどんな魔法使ったの?」
「え?魔法?」
美夜が戸惑っていると、栄は大きく頷き「きみ、この店で最強の男を味方に付けたんだよ?」と、よく通る声で笑った。
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