第31話 理想と現実(2)
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栄は一度、咳払いをすると「ところで」と、美夜に向き直った。
「なぜ、うちで働きたいと思ったんですか?大手の会社を辞めてまで、東京に出てきたのは、なぜ?」
その質問に、美夜は顔を上げ、目を輝かせた。
「私は、自分が好きだと思える味の店で働きたいと思いました。地元のケーキ屋やその周辺を歩きましたが、どこも納得のいくものに出会えませんでした。それで、東京へ出ようと思いました。東京なら、美味しい店が集結している場所ですし。自分で色々調べて、食べ歩きました。それで、先週、偶然こちらのお店にお邪魔して。ケーキを食べさせていただいて、感動したんです。知っているチーズケーキとは食感も、後味も全然違うのに、懐かしさもあって、とても新鮮でした。ぜひ、こちらで働きたいと思いました」
「なるほど」と栄が言うと、ちらりと光を見た。
光は腕を組んでテーブルに視線を落としながら「どうも」と呟くように言った。
「そうかあ、でもね」
と、栄は頭を掻く。
「うちは今回、製造を募集しているわけではないって、知ってたかな?どうも、話しを聞いてると、中西さんは製造の仕事がしたいみたいなんだけど」
「え」
「あ、その顔は知らなかった顔か。張り紙、ちゃんと読まなかったんだ?」
栄は苦笑いをした。
「す、すみません。言い訳がましいですが、スタッフ募集という言葉だけに反応してしまって……でも、ホールでも何でもします」
美夜は「お願いします」と頭を下げた。
栄は光を見た。光は相変わらず腕を組んでテーブルの一点を見つめるだけで、何も言おうとはしなかった。
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