第29話 シェフパティシエ
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翌日、美夜は履歴書を持って商店街へ向かった。腕時計を見ると、指定の時間には少し早すぎたので、商店街内をブラブラしながら、時間になるのを待つ事にした。
面接時間五分前になり、そろそろ店に向かおうと足を向けると、足が震えだした。
掌にはじっとりと汗が滲み、目の前がぼやけ始める。今までにない緊張感が、急に襲ってきたのだ。
前の会社の面接でさえ、ここまで緊張はしなかった。美夜は目を閉じて自分に言い聞かせる。
大丈夫、落ち着いて。緊張していたら、何もアピール出来なかったって、後悔するだけよ。さあ、顔を上げて。大丈夫。
深呼吸をすると、目を開き、顔を上げる。
先程まで緊張して、目の前がぼやけて見えていたが、今は、はっきりと見える。
美夜は「行こう」と小さく口の中で呟くと、Lisに向かって歩き出した。
一階の本屋に足を踏み入れ、レジカウンターへ向かう。相変わらず、店内には人がいない。こんなに人が来なくて大丈夫なのだろうかと、一抹の不安を覚えたが、今はそれどころではないと、頭を切り換えた。
カウンターに置かれているベルを二度鳴らす。暫くして、例の前髪の長い美青年が現れた。
「いらっしゃいませ」
青年は無表情で、相変わらず覇気のない声で言う。
「あの、今日二時から面接をお願いしている、中西です」
声が若干上擦ってはいたが、はっきりと言うことは出来た。青年は「ああ」と言い、カウンターから出てきた。
美夜は驚いて立ち尽くしていると、青年は美夜を追い越し、店のドアを閉めに行った。
ドアの鍵を閉め、オープンと書かれた札を裏返し、クローズにする。
くるりと振り向き、戻ってくると「着いてきて」と言い、カウンター奥の暖簾を潜っていった。
美夜は急いで青年の後を追い、レジカウンターの奥にある暖簾を潜る。
暖簾の奥には、左右に三つのドアがあった。真っ直ぐ突き当たりにあるドアは、外に出る為の裏口のようだった。
青年は左側にある真ん中のドアを開け、電気を付けると、「ここでちょっと待ってて」と言って、美夜に中に入るよう手で促した。
美夜は軽く頭を下げ、中に入る。
「座って待ってて」
青年はドアを閉めて出て行ってしまった。突き当たりにあるドアが閉まる音が響く。
美夜は、室内をさっと見回した。
どうやら休憩室のようで、入って直ぐ右手側に手洗い場があり、室内にはパイプ椅子が四脚と長テーブル、テレビが置かれているだけだった。
美夜は手前の椅子を引き、ゆっくり座った。パイプ椅子の軋む音が室内に虚しく響く。
二分ほど待つと、先ほどの青年と、オーナーの男性が部屋に入ってきた。
「こんにちは、ご苦労様です」
ギャルソンの格好をしたオーナーがにこやかに言った。
美夜は立ち上がって「よろしくお願いします」と、お辞儀をする。
オーナーと青年は窓際の席に揃って座り「よろしくお願いします」と穏やかな声色で言った。
「ええっと、まずは自己紹介。私は、ここのオーナーの沖田栄です。『栄える』と書いてハルと言います。で、こっちが、うちのシェフパティシエの沖田光です」
栄に紹介された青年は小さく頭を下げた。
美夜は驚いた顔で青年を見つめたが、直ぐに我に返る。
「中西美夜です、よろしくお願いします」
と、勢いよく頭を下げた。
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