第28話 好み
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「あの子達、今日も下で買い物してきてたわよ。しかも、チケット一枚もって来た」
雪はコップを拭きながら栄に言った。
栄はあからさまに驚いた顔で、雪を振り返った。
雪はにやにや笑いながら、「もしかして、コウ君の好みのタイプなんじゃないのお?」と声を潜めて言った。
栄は何かを考えるかのように前方を見つめ、「どうかな」と首をかしげた。
「あの子達、姉妹かしらね。ちょっと似てたわ。えっと、女優の……。あ、思い出した」
雪が女優の名前を言おうとすると、同時に栄も、思い出した、と言って声を上げた。
「川上樹里ちゃん」と雪が言った。
「緒川しおりさん」と、栄が言った。
二人はお互いの顔を見て、「ああ」と低い声で相槌を打った。
「でも、緒川さんはちょっと年齢高いんじゃないの?」
「雰囲気ですよ、雰囲気。髪の長い、明日面接する子。ちょっと雰囲気が似てたでしょ」
「まあねえ」
「でも、しおりさんと樹里ちゃんは、あんまり似てませね」
栄は自分の言った美人女優と、雪が言った若手の人気女優の顔を思い浮かべた。雪も同様に思い浮かべているのか、顎に手を当て、斜め上を見ながら「そうね」と返事をした。
「雪さんが言った子は、ショートカットの子の方でしょう?」
「そうね」
「やっぱり。最近、樹里ちゃんはショートですからね。その印象じゃないですか?僕が言った方が近いかも知れない」
栄は顎に手を当て、「ふふん」と笑い、横目で雪を見た。雪は口を尖らせたが、すぐに言い返した。
「でも、目の開き具合って言うの?口元とか。口角がこう、きゅっと上がった感じ?二人とも猫っぽいわよね。似てるわよ。パーツが」
雪は自分の口角を指で吊り上げて微笑んだ。
「そうですね……。じゃあ、この二人の女優さんを足して二で割った感じが、彼女達ってことで」
「結果、美人って事よね。で、今言った女優の中で、コウ君の好みって当てはまった?」
雪は目を輝かせて訊いた。栄は苦笑いしながら「どうですかね」と首をかしげた。
「でも、緒川さんって。あなた、もっと若い女優さんとか思い浮かばなかったの?」
雪は再びコップを拭き始めた。
「失礼な。彼女、まだ三十代ですよ。雪さんこそ、若手の女優さん、よく知ってましたね」
栄はコーヒーメーカーの掃除をしながら言った。雪は「そりゃあ、私がまだまだ若い証拠よ」と、胸を張って自慢げに言った。その言葉に、栄が「ほほお」と笑いが混じった声で驚いた顔を見せると、雪は横目でちらりと栄を見てから、カウンター下で軽く足蹴りをした。
栄は上手く交わしながら「でも、明日はコウがOKするかが、問題」と言った。
雪は深刻そうな顔をして「そうよねえ」と、溜め息混じりに言った。
この一週間、募集をしてから八人の面接者が来たが、光が首を縦に振らなかった。
「でも、本を買っていった子達よ。大丈夫じゃない?」
雪は明るい声で言った。
「客として来るのと、働く者として来るのじゃ、違いますからね……」
栄は呻きながらコーヒーメーカーを磨いた。
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