第27話 ケーキに罪はない
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「今日は、履歴書持ってないですよね?雪さん、明日の二時、いいですかね?」
栄は女性店員に顔を向け訊ねると、雪と呼ばれた店員が「大丈夫よ」と答えるた。
「明日、二時頃って、空いてるかな?」
栄は美夜に笑顔を向けたまま訊いた。
美夜が「何時でも大丈夫です」と答えると、栄は「じゃあ、明日の二時に」と言い、レジ下にある卓上カレンダーを持ち上げ、赤ペンで印を付ける。
「名前、教えてくれる?」
「中西です。中西美夜」
栄は「ナカ、ニシ、さん」と呟きながらメモをした。
「下の本屋の方に来てください。レジカウンターにあるベルを鳴らしてもらえればいいから」
「わかりました。よろしくお願いします」
栄は顔を上げて、「じゃあ、明日。ありがとうございました」と、微笑んだ。
*******
店を出ると、美夜の心臓は大きく音を立て始め、立っているのが億劫になるほど、足下はふらついていた。これは夢だろうか、こんなにタイミング良く募集に巡り会えたことを、奇跡のように思える。
美月が何かを言ったが、その声さえ聞き取れないほど、自分の心臓音が鳴り響いている。
「ごめん、今何か言った?」
美夜は後ろを歩く美月を振り向き、訊いた。
美月は、なぜかむすっとした顔で、美夜の後を着いて歩いていた。
美夜は立ち止まり、「どうしたの?」と、美月の顔を覗いた。
美月は顔を上げ、「何か、あの人好きじゃないな」と言った。
「え?どの人?女性店員さん?オーナーさん?」
「オーナーって言ってた、男の人」
美夜は栄の顔を思い浮かべた。思い浮かべただけなのに、心臓が大きく波打つ。美夜は前に向き直ると、美月を見ずに歩きながら、なぜそう思うのか訊いた。
美月は美夜の隣に歩み寄ると、「だってさ」と憤慨しているように言った。
「一週間前に、たった一度来たお客のこと、普通覚えてる?何度も来て、顔見知りになったならともかくさ。あれは絶対、女好きだね」
断言するように言うと、美夜の前に立ちはだかった。美夜は驚いた顔で立ち止まると、美月は真剣な顔で言う。
「美夜、もしもあの店で働くことになったら、絶対に気をつけるんだよ?美夜はのんびりしてるから、隙だらけだもん」
そう言うと、前を向いて歩き出した。
「まあ、そこが美夜の良い所でもあるんだけねえ。でも、美夜。ここは東京だから。少しは危機感を持ってね。田舎と違って、みんなが顔見知りじゃないんだから」
美夜は苦笑いをし、「うん」と頷き、美月の隣を歩く。
「でも、それを言ったら、本屋さんのお兄さんも、私を覚えていたわ」
美月は「あ」と声を上げたが、すぐに「いや」と首を横に振る。
「あのきれいなお兄さんは、なんか違う。オーナーは見るからに女好きそう」
美月は腕を組んで何度も頷いた。美夜はその姿に苦笑した。
「そこまで言う割に、働くの反対しないんだね」
「だって、あそのこケーキは本当に美味しいもん。それに、ケーキに罪はない」
と、いたずらっ子のような顔で美月は微笑んだ。
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