第194話 絶対、大丈夫
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栄は美月が眠る集中治療室の前にある椅子に座っていた。前屈みに、祈る様に手を組み、目を瞑っていた。
あの後、犯人はすぐに捕まった。血だらけの男が、駅近くでうろついている所を、事情をまだ知らない警察官に捕まった。その後すぐ、美月が命がけで奪ったパスケースの持ち主と一致し、逮捕された。
男は美夜を襲った犯人と同一犯だった。
光の推理が正しかった事を明らかにする様な事実が、幾つかあった。
犯人は栄達が住む路線沿いを利用している浪人生だった。日々の憂さ晴らしに、次々に婦女暴行したが、それでは飽きたらず、ナイフを出し恐怖に震える顔を見て楽しんでいたという。電車で犯行の土地へ向かい、駐輪所でバイクを盗み、人通りの少ない場所を彷徨く。そして、女性一人の帰宅を狙い犯行を重ねていた。
集中治療室から美夜が出てくると、栄は椅子から立ち上がり、黙って美夜を見つめた。
美夜は下げていた顔をゆっくりとした動作で上げ、憔悴しきった顔をで栄を見た。
「ハルさん……」
そう囁くように言うと、美夜は栄に深く頭を下げた。
「この度は、……本当に、ありがとうございました」
「美月は?」
その言葉に、美夜は顔を顰め首を横に振る。
「でも、峠は越えたと、先生が言っていたので大丈夫です。美月は絶対、大丈夫です」
まるで自分に言い聞かせるかのように、“絶対“と、力強く言った。
栄は、俯く美夜の肩に手を伸ばし掛けたが、すぐに思いとどまった。二人が黙って廊下に立っていると、慌ただしい足音が廊下に響いた。
美夜と栄は音がする方へ顔を向ける。
「美夜!」
「恭お兄ちゃん、お父さんもお母さんも……」
恭は小走りで美夜の元に駆けつけた。
美夜は、ふらつく足で恭の元へ歩み寄る。そんな美夜を恭はすかさず抱きしめ、表情を歪めた。
恭はそっと美夜を離し、美夜の両肩に手を置き、充血し、真っ赤になった目で美夜を見た。
「美夜、話しできるか?」
美夜は小さく頷き、恭に美月の状況を話して聞かせた。
「今、寝てる。まだ、油断は出来ないけど、峠は越えたって、先生は言っていた」
美夜の言葉を聞くと、恭は「そうか」と美夜から手を離した。
「あの、あなたが、沖田さん、ですか?」
美夜の母が栄を見上げて訊ねた。美夜とよく似た輪郭に、口角の上がった唇、美夜は母親似なのだと、栄は思った。
栄が「はい」と短く答えると、 中西夫妻は、栄に深々と頭を下げた。
「この度は、本当に、ありがとうございます」
「まだ、安心は出来ません」
栄は静かな声で答えた。
「もう少し、早く行けていたらと思うと、申し訳なく思います……。すみませんでした」
「謝らないでください。確かに、まだ安心は出来ませんが、希望が無いわけではありませんから……」
美夜の父親は、俯く栄の手を握った。
「私たちは、あなたには本当に感謝しています」
栄はゆっくり顔を上げ、父親を見つめた。父親は真っ赤に充血した瞳を細め、優しい笑顔を栄に向けている。
栄は、ああ、この笑顔は知っている。美月の笑顔だ、と思った。栄は口角を下げ、顔を歪ませた。素早く下を向くと、つないだ手に涙が落ちた。
「すいません」
恭が栄にハンカチを差し出す。
栄は「すいません」と、それを受け取ると、涙を拭った。
「いつも妹たちがお世話になってる上、命まで助けていただいて、あなたにはどう感謝したらいいか分からないくらいですよ。本当に、ありがとう」
栄は恭を見て、泣きながら微笑んだ。
栄は気を取り直すように顔を上げ、「すいません。これから、警察へ行かなくてはいけませんので。これ、洗ってお返しします」と言い、頭を深く下げた。
栄がその場を去ろうとすると、美夜が声をかける。その声に、栄はゆっくり振り向いた。美夜は、微笑んで栄を見ていた。
「ありがとうございました」
栄は、その笑顔を眩しそうに目を細めた。懐かしい、美夜の笑顔を見られた気がした。まだ、完全に元の笑顔とは言えないが、この状況なら、それも当然である。それでも、美夜の精一杯の笑顔に、栄は深く顎を引くと、泣きそうな顔で微笑んだ。
「今度、美月ちゃんが元気になったら、家族でLisへおいで。快気祝いに、光と特製ケーキを準備して待ってるよ」
美夜はそれ聞くと、花が咲いたような柔らかな笑顔を見せた。
ああ、この笑顔だ、美夜の笑顔だと、栄は感じた。美月が一番見たがっていた、美夜の笑顔。美月が命がけで取り戻したもの。栄は美夜に微笑み返すと、両親に再び頭を下げ、その場を去った。
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