第188話 パトロン
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
どのくらいの時間が経っただろうか、栄は静かに祖母から離れた。
「すみません、でした……」
栄は顔を伏せたまま鼻声で言う。
祖母は「気にすることは無いですよ」と、栄の手を握る。柔らかな温もりが、栄の心を落ち着かせていく。目を閉じて、数回、深呼吸をする。
呼吸を整え、ゆっくりと瞳を開く。優しい眼差しにぶつかり。栄はぽつりぽつりと話し出した。
「本当は、自分が社長になって……いや、その前にでも、【ハイエスト・レリッシュ】の味を元に戻したかったんです……。でも……」
そう言うと、ルイーズは栄の手を強く握った。
「いいんですよ、ハル。もう、いいんです。私はね、ハルやコウがそう思ってくれていたことだけで、もう十分です。……私はね、ハル。店が大きくなり、こんな立派な会社になったとき……いいえ、【ハイエスト・レリッシュ】を、マサチカさんが受け継ぐとなった時から、もう、覚悟は出来ていましたから……」
「ばあちゃん……」
「それに……【ハイエスト・レリッシュ】を救ってくれたのも、彼ですから……」
ルイーズは囁くように言った。栄はその言葉をしっかりと聞き取っていたが、その言葉の意味を理解できなかった。栄が困惑顔でいるのを見て、ルイーズは柔らかい笑みを見せ、頷いた。
「いいんです。フーゴは、私に沢山の愛情をくれました。もう、十分。ただ、ハルが常々言っていたように、昔からのお客様には、本当に申し訳なく思います。……でも、経営者が変われば、どんな事も変わっていく物です。残念なことだけども。それでも、お菓子は売れている。今では、以前よりも多くの人が【ハイエスト・レリッシュ】という名前を知っていますね。今の味を知っている人は、今の味が美味しいと思ってくれているのかも知れませんよ。その味を、元に戻すということは、今のお客様にとって、味が変わってしまう。あなた達が、がっかりした時のように、がっかりする人が沢山、出てくるかも知れません」
ルイーズは栄の手を離すと、ゆっくり立ち上がり、窓側に近づいた。
「私は、少し長くこの席に居すぎている。そう思っていましたが、もう少し、居なくてはいけないようですね」
栄は困惑顔で祖母の背中を見た。ルイーズはその栄の表情に気がついたのか、小さく笑い声を上げると、振り向いて窓の桟に寄りかかり、小首を傾げ栄を見る。
「だって、可愛い孫達がお店を開くんですよ。あなた達、お金の当てはあるんですか?」
栄は「……いいえ……」と小さく首を横に振った。
「自分の貯金や、退職金で何とかしようと思っていました」と答えると、ルイーズは「分かってませんね」と、少し呆れたように笑いながら溜め息をついた。
「あなたは、ここで何を見てきたのですか?新しくお店を作るということは、そう簡単なことではありませんよ。初めの頃はお客様が来ません。フーゴの時も、そうでした。売り上げが目に見えて分かるようになったのは、四年目からでしたよ」
栄は所在なげに、目の前のテーブルに視線を向ける。ルイーズは栄の目の前にあるソファに再び座ると、高らかに宣言するかのように、はっきりと言った。
「私が、あなた達のパトロンになります」
栄は一瞬、何を言われたのか分からず、戸惑いながら顔を上げた。ルイーズは深く頷くと、もう一度、はっきりと言った。
「私が、パトロンになります」
「でも……」
「あなた達が、何を言ったところで、私は考えを改めませんよ。私はエリサの母親です。あなたがエリサに似ているように、一度決めたら、なかなか折れませんよ?」
そう言って、母や光とよく似た輝く笑顔を見せた。
「ばあちゃん……。ありがとう」
ルイーズは小さく何度も頷いた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




