第187話 ばあちゃん
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四十九日を過ぎ、栄は会長室のドアの前に立っていた。
そっとノックをする。
部屋の中から、「どうぞ」と言う声が聞こえ、ドアを押し開けた。
会長である祖母、ルイーズが、優しい笑みで栄を迎え入れる。七十過ぎにはとても見えない、艶やかな白い肌、真っ白の髪を上品に纏め、背筋を真っ直ぐ伸ばし、内面から出る気品が、全身を包み込んでいる。
ルイーズは椅子から立ち上がると、栄に近づいた。
栄は祖母の側に近寄ると、中腰になり、祖母が伸ばした両手に、顔を近づけた。
祖母の柔らかく、皺だらけの温かい両手に両頬を挟まれ、静かに目を閉じた。祖母の優しい手の温もりが、栄の心の冷えを温めるようだった。
「少し、痩せましたね」
祖母は、静かな声で言った。
栄は瞼をゆっくり開け、小さく微笑んだ。
二人は向かい合わせに座ると、ルイーズは栄が話しを始めるのを、じっと待った。
栄はスーツのポケットから徐に、何かを取り出し、それをルイーズに差し出した。
ルイーズは差し出された水色の封筒を受け取ると、栄の顔を見た。
「……カッセルさんから、預かっていた手紙です……。渡すのが遅くなって、すみません」
栄は静かに言った。ルイーズは小さく頷くと「ありがとう」と礼を言った。
「コウは、カッセルさんの所で、十八から修行をしています……」
栄がそう言うと、ルイーズはにっこり微笑み「ええ、知っています」と答えた。
「コウがフランスへ行く前、オーバンから連絡がありました。今度、フーゴの孫を預かることになったと」
それを聞いた栄は、僅かに目を見開き祖母を見つめた。ルイーズは「ふふ」と笑うと、「コウは、私がお喋りだから、みんなにばらされると思ったのでしょうね」と言った。光の考えていることは、お見通しだったようだな、と栄は思った。
祖母の笑い顔は、カッセル氏の言う通り、光の笑顔によく似ていた。そこにだけ、光が指すように明るくなった。
栄は力なくそっと笑うと。視線を降ろした。
「会長……。いや……。ばあちゃん」
「なんですか。ハル」
ルイーズは優しく返事をした。
栄は目を瞑り、小さく息を吸い込むと、顔を上げた。
「俺……この会社を辞めても、構わないかな?」
その言葉に、ルイーズは驚く素振りも見せず、そっと微笑んだ。
「何か、遣りたいことがあるのですか?」
栄は小さく頷いた。
「光と、店を作りたいんだ……。昔、じいちゃんの店があった土地で。小さな店を」
ルイーズは短く息を吐き出すと「そうですか」と言った。
「でも、あなたには、まだ一歳になったばかりのリリイがいるでしょう。養育費など考えたら、今のまま働いていこうとは、思わないのですか?」
ルイーズの意見は的を射ていた。それでも、栄は自分の意見を変えようとはしなかった。
「確かに、金銭的な事を考えれば、ここにいた方が良い事だと思います。……でも、店を作る事は、百合の願いでもありました。里々衣は、百合が唯一、僕たちに残した、店の案を元にした場所で、育てていきたいんです」
「それは、あなたのエゴでは無いんですか?百合さんのご家族は、あなたに将来性があるから、リリイの引き取りを快く承諾してくれたのでしょう?」
「……そうかもしれません。でも……それでも、俺は考えを変えるつもりはないんです。……ごめんなさい」
ルイーズは深く長い溜め息をつくと、「エリサそっくり」と、栄達の母親の名を出し、小さく笑った。
「あなたが、そうしたいのであれば、それも良いでしょう」
栄はじっと祖母を見つめた。不安そうな、泣きそうな、子供のような表情で自分を見る栄に、ルイーズは手を伸ばした。
前屈みに座る栄の両頬を、テーブル越しに優しく包み込む。
「大丈夫。何も心配する事なんてありませんよ」そう言うと、「さあ、泣かないで」と、栄の頬を優しく撫でた。
溢れ出した涙は止めどなく流れ、栄の頬を濡らす。
「ごめんなさい……」
呻くように言う栄の言葉に、ルイーズは立ち上がり「なぜ謝るの?」と言って、栄の隣りに腰を下ろした。
ルイーズは栄の大きな背中に手を回すと、優しく撫ではじめた。
栄は子供のように祖母に縋り付き、声を堪え泣いた。ルイーズは子供をあやすように優しく背中を叩き、何度も「大丈夫ですよ」と囁いた。
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