第184話 胡椒
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栄と百合は、三十分ほど歩いたところにある小さなスーパーで、必要な食材を買い、家に戻ろうと半分ほど歩いたころ。
突然、百合が声を上げた。
「なに、どうしたの?」
栄は驚いて隣に立つ百合を見る。
百合は買い物袋の中を漁り、「ああ、やっぱり忘れてた」と情けない声を出した。
「なんだよ、何か買い忘れたのか?」
「うん、ブラックペッパー」
「胡椒?いいじゃん、無くたってさ。大体、百合は何を作る気なんだよ?俺は天ぷら担当だろ?」
「クリームシチューよ」
「クリームシチュー?」
栄は素っ頓狂な声を上げた。
「天ぷらにクリームシチューって、どういう組み合わせだよ」
栄は半分呆れながら笑った。
百合は顔を赤らめたが「だって、コウ君、クリームシチュー好きだし……」と応える。
確かに、光は子供の頃からクリームシチューが好きで、普段、どんなに「ご飯が出来た」と呼んだところで、なかなか自室からでてこなかったが、シチューの時だけは違った。家の中に香りが漂い始めると、呼んでも居ないのに自室から出てきて、キッチンでうろうろし始めていたのだ。
「それに、沢山作り置きして、冷蔵庫に仕舞っておけば、数日間は食べてもらえるでしょう?インスタントラーメンばっかり食べてるよりは良いと思わない?」
そう言うと、百合は栄に自分が持っていた荷物を渡した。栄は「確かに」と言いながら、百合から渡された荷物を持つ。
「栄君、先に帰って作っててくれる?私、ちょっと買ってくる」
「別に、無くても良いだろ。胡椒くらい」
「分かってないわねえ。あるのと無いのじゃ全然違うんだから!」
「一度帰って買いに行くとか」
「あのお店、六時には閉まっちゃうの。帰ってたら、買えないもの。それじゃあ荷物、お願いね」
そう言って、百合は小走りに来た道を引き返していった。栄は小さく息を吐き出すと、荷物を持ち直し、アパルトマンへ向かった。
玄関のドアを開けた光が「また、凄い買ってきたね」と驚いた顔で栄が抱えている荷物を見た。
栄は部屋に入り荷物を置くと、さっそく作業を始めた。
光は買い物袋の中を覗きながら「こんなに、何作るの?食材余っても、俺、何も作らないよ?」と、心なしか不安そうに栄を振り返る。
栄は光の困惑顔を見ながら「作れよ、たまには。あれば作るだろ?」と苦笑し、食材を手渡した。
光は栄に言われるがまま手伝いを始めた。
「そう言えば、百合さんは?」
買い物袋から食材を出しながら光が訊く。
「買い忘れがあって、途中で戻った」と答えると「ふうん」と返事をし、再び手を動かす。
二人はキッチンに並んで立つと、お互いでお互いの手際の良さに感心をした。
「ハル兄、ちゃんと料理するんだね」
「一人暮らしの時、俺はお前と違ってちゃんと自炊していたからな。お前こそ、自炊しない割に手際良いじゃん」
「店で菓子だけ作ってるわけじゃないし」
光は「心外だなぁ」と笑った。
よく考えてみれば、小学校以来、こうして二人並んで何かを作ったことはないな、と栄は思っていた。光が小学三年の時までは、栄がよく面倒を見ていたが、小学校四年に上がると、部活動が始まり、友達も増え、次第に二人で何かをすることはなくなった。そして、光は中学に上がると、何を血迷ったのか不良になり、兄弟の中で見えない壁が出来始めていた。今思えば、あの時から、光を知らなかったのではなく、その前から、光を知らなかったのだと、栄は思った。
六歳という年齢差でも、学年は五年違い。さほど離れているわけではない。兄弟仲も、悪かったわけではない。一体、いつ、どこでボタンを掛け違えていたのだろう、そんなことを思いながら、栄がにんじんを千切りしていると、不意に光が時計を気にしだした。
「ハル兄、百合さんどこまで買いに行ったの?ちょっと遅くない?」
栄は顔を上げて、キッチンの壁に取り付けられた小さな時計を見た。時計の針は、いつの間にか六時半をとうに過ぎていた。
「どこって、これを買った店と同じスーパーだけど」
「買い忘れって、そんなに多いの?」
「まさか。胡椒だけだよ」
「胡椒?胡椒なら、開けてないのがあったのに」
「そうなのか?まあ、しょうがない。……もう少し待って、帰ってこなかったら、迎えに行くよ」
「そうだね」
そう言うと、光はもう一度、時計に目を向け、時間を確認した。
「ほら、コウ、これ混ぜてくれ」
光は栄からボールを受け取ると、再び料理を始めた。
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