第183話 理想のカフェ
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最初に感想を述べて以降、じっくり味わう様に黙ってチーズケーキを食べていた百合は、突然立ち上がり手を真っ直ぐ挙げた。それはまるで、何かを宣言するかのように。
「やっぱり!もったいないよ!」
栄は笑いながら「なにが?」と訊く。
「ねえ、栄君。昨日の晩、私が話したこと、本気で考えてみない?」
栄はケーキを食べる手を止め、百合を見上げた。
「昨日の晩?」と、光は首をかしげる。
「もったいないよ。この味は、コウ君しか出せない味だよ。会社に渡したとして、この食感や味が再現できるとは思えない」
百合はしゃがみ込むと、栄に詰め寄るように、真剣に言った。栄は百合から目を逸らし「しかしな……」と言い淀む。
「ねえ、何の話し?」
光は困惑顔で二人を見た。百合は光に顔を向け、「私、コウ君の味、大好きよ」と言うと、昨晩、栄と話したという話しを光に聞かせた。
聞き終えた光は困惑したまま「でも……」と兄に助けを求めるように顔を向ける。
「ねえ、どうだろう?」
百合の顔は真剣そのもので、どこか必死なようにも見えた。
栄は目を閉じたまま腕を組んで、黙っている。
「俺は……」と、光が口を開いた。百合は素早く光に顔を向け、栄はゆっくり目を開いた。
「俺は、ハル兄と一緒に菓子が作れるなら、どこでもいい」
百合は安心したように顔を緩め、ひとつ頷く。
「私ね、今、コウ君が作ったケーキ食べながら、頭にイメージが浮かんだの」
百合は大きな瞳を輝かせて話しを始めた。
「別に、無理に商店街の中じゃ無くても良いの。でも、人が行き交う所が良い。そこに、ギリシャ風の建物があるの。真っ白い壁に、青い扉、青い窓枠。そこで、洋書だったり雑貨を売ったりしながら、カフェをやってるの」
栄は腕を組んだまま、「なんでギリシャなんだよ」と苦笑いをした。
「だって、このケーキを食べていたら浮かんだイメージが、ギリシャ風の建物だったんだもん」
百合が口を尖らせると、それに対し光が笑いながら「でも、あながち、間違いではないよ」と言った。
「何がだよ?」栄は光に目を向ける。
「チーズケーキの発祥の地だよ。元々は『トリヨン』という名前で、プディング風のケーキだったから、今のチーズケーキとは全然違う物だったんだけどね。それが、ヨーロッパ各地に広がって、今のチーズケーキが出来たんだ」
光の説明を聞くと、百合は「私って、すごい」と自分で自分を誉めていた。
「あ、でね、お店の名前なんだけど」
「もう店の名前まで決まってるの?」
栄は呆れながらも、いつの間にか身を乗り出して話しを聞いていた。
「名前は、カフェ・リリー。どうよ?」
百合は胸を張って宣言する。
栄と光は顔を見合わせ、小さく笑うと、最終的には大笑いをした。
「なによ!この素晴らしい名前を笑うな!」
「どこまで自分好きなんだよ。大体、自分の娘の名前を店の名前にするな!」
栄はお腹を抱えながら言った。光は笑いっ放しで、何も言わなかった。
百合は口を尖らせていたが、二人が笑ってる姿に釣られて、一緒に大笑いをした。
ひときしり笑い終えると、百合は時計に目を向け「大変。もう、こんな時間!」と目を丸くした。
「ハル君、急いで。店が閉まっちゃう!」
「え?どこか行くの?」
光も慌てて立ち上がると、百合は光の両肩に手を当て、座らせた。
「コウ君はお留守番」
ぽかんと口を開け、百合を見上げている光に「今日は、俺たちが夕飯を作ってやる」と栄は答えた。
「え?」
「今から食材買いに行ってくるね」
そういうと、百合は鞄を持ってキッチンに向かい、調味料の入った棚をチェックした。
「お前、成人式帰ってこなかったろ。もう、だいぶ過ぎてはいるが、お祝いをしてやりたいんだと。有り難く思え」
栄はにっと口角をあげると、玄関へ向かい、百合と家を出て行った。
二人が出て行くのを見送りながら、光はぼんやりと「成人……か」と呟き、微笑む。
胸の奥に、ほんのりと暖かい明かりが生まれたような、そんな気がした。
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