第182話 初めてのケーキ
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
光はコーヒーが溢れたジーンズを拭きながら、栄を横目で睨み付ける。
「ないよ。ミシェルさんは妻子がちゃんといます」
それを聞くと、栄は「なぁんだ」と、つまらなそうに言った。光は栄の横顔を、怪訝そうにしみじみと見つめる。
「何をがっかりしてるの?そもそもハル兄、そういう偏見って良くないよ」
光が言い放った言葉には、鋭く光る棘が無数にも付いていた。その一言が、栄の胸をぐさりと突き刺す。
「ごもっともな、厳しい一言で……」
弱々しい声で言うと、光は更に続けた。
「だいたい、何の根拠があるの?あ、もしかしてハル兄がそうだとか?百合さん、かわいそう。カモフラージュだ。あ、そうか。今分かった!ハル兄、昨日酔っぱらって、やたら『俺はコウが好きなんだよ』ってしつこく言ってたし、やたら抱きついて頭撫でて来たよな。そうか、そう言うことか!俺、別に偏見は無いけどさ、兄弟でそれは無いわ!」
光は勢い良くベンチから立ち上がると、笑いながら後ずさりした。栄は顔を真っ赤にし、ぼんやりとした、遠い記憶を思い出そうとした。確かに、そんなことをした様な気もした。しかし、間違った認識で見られるのは堪らないので、弁解をした。
「違う!俺はノーマルだ!ひどい……。コウが苛める……」
栄はベンチに寝そべり、泣き真似をして見せる。光は大笑いしながら、「変態ハル」と止めを刺すかのように言った。
公園を出て、本屋に行く途中、光の携帯電話が鳴った。光はかかってきた番号に首をかしげながら「アロー」と電話に出る。
「あ、百合さん。どうしたの?」
「百合?」光は栄の声に頷いた。
「ん?わかった、じゃあ、今から帰るから。うん。じゃあ、後で」
「何だって?」
「うん。もう帰ってきたみたい。家の近くにいるから、帰って来いって」
その言葉を聞いて腕時計を見た。まだ、四時を回ったばかりだった。二人は本屋に行くのを止め、家に帰ることにした。
家の前に既にいた百合は「おかえり」と元気な声を上げ、両腕を振って出迎えた。
「なんだよ。約束では五時までデートさせてくれる事になってたろ」
栄はわざと不機嫌そうな顔をし、百合を見る。
百合は悪びれる様子もなく「だって、友達が用事があるって言って、帰っちゃったんだもん」と言い訳をした。
「まあ、いいじゃない。ケーキがあるんだ。三人で食べよう」
そう言うと、光はさっさとアパルトマンに入っていった。
栄と百合は「ふん」だの「いー」だの、百面相をしながら光の後に続いた。
「さあ、どうぞ」
光はコーヒーテーブルに三人分のケーキと水を置くと、少し罰が悪そうに「ごめん」口にする。
「紅茶があったはずなんだけど、見たらなくて。コーヒーも切らしてるから、水で我慢してください」
そう言い、床に胡座をかいた。
「チーズケーキ!コウ君、覚えててくれたの?嬉しい!」
百合は、テーブルの上に置かれたベイクドチーズケーキを見て大興奮で言う。
「なに?好きだったっけ?チーズケーキ」
栄はフォークに手を伸ばしながら訊くと、百合は栄を軽く睨み「旦那のくせに、覚えてないんだ」と、泣き真似をした。
光は笑いながら「俺は覚えてるよ。それに、これは母さんも好きだったからね」と言い、自ら一口食べた。
「これは、俺が生まれて初めて作ったケーキなんだ。中学生の時、母さんの誕生日に作ったんだ」
「そんなこと、あったか?」
「ハル兄は知らないよ。だって、こっそりあげたんだもん」
光は困ったように微笑む。
「まあ、食べてみてよ。俺が作ったケーキ。ハル兄達のために作ったんだ。非売品だよ」
栄は光を一瞥すると、ケーキを一口食べた。
スフレのような食感。しかし、しっかりとした濃厚さがある。台はビスケットを砕いて固めた物だ。ほんのりレモンの香りがする甘さ控えめのケーキは、後を引く美味しさだ。
「どう?」
光が首をかしげ、栄の顔を覗き込む様に訊ねると、栄は目を輝かせ「うまい!」と大きな声で言い、百合もケーキを口に運ぶ。
「本当に美味しい!お世辞抜きで、美味しい!」
光は二人の言葉に、輝く笑顔を見せ「よかった!」と、声を上げた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




