第17話 本を買えた客
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栄は、笑顔を崩さず雪を見つめる。
「いえ、それが、下で買い物してきたお客さんなんです。それも、女性客」
雪はそれを聞いて目を丸くし、動かしていた手をぴたりと止めた。
「下って……まさか、コウくんが接客したって事?」
「そう!しかも、ここのチケットまで渡したんですよ!女性客に!」
雪は口をあんぐり開けて、驚き顔のまま何度もゆっくりと頷いた。
「ど、どんな子だったの?美人?」
「ええ、まあ、美人でしたよ。何か、女優さんに似てたな。何て名前だっけ……」
「え!女優本人?」
「いえ、似ているだけです。お客さんの方が若かった。きっと学生さんですね」
「そう……。あのコウくんがねえ……」
雪は「そうなの、へえ」と何度も繰り返しながら、買い物袋から荷物を出していた。
「今まで、コウくんが認めたお客さんって、商店街の人以外、居なかったじゃない」
「あいつ、変な所にこだわりがあるんですよねえ。前に、商売なんだから、そういうこだわりは無くしてくれって言ったら、『ここにいる本は、大事な息子同然だ。ただ漠然とした気持ちで買って、また捨てられるなんて、そんなのは許されない。本当に欲しいと思っている人が、買うべきだ』って。商店街以外の人で買えた人は八人。しかも、みんな男性客で、チケット渡した事も無かった。コウが接客して買えなかったお客から、何件クレームが来たことか……。お陰で、開店当初はどうなる事かと思ってたけど。バイトの笠井くんが来てくれて、コウが接客することは無くなったのに……」
栄は息を吐きながら、がっくりと肩を降ろした。
「長く働いてくれたけどねえ。仕方ないわよ、お父様が倒れたって言うんだから」
雪は、昨日突然辞めたアルバイトの笠井の顔を思い浮かべ、気の毒そうな顔をした。
「まさか、梨園の息子とは……。突然辞めたんだ。お詫びとして毎年、梨送ってくれないかなあ。ただで。そしたら、新しくタルト作れるじゃない」
「ただって……。せこいわよ」
雪は苦笑をする。
「パパ、ごちそうさまでした」
厨房の入り口に、空の瓶を両手で持った里々衣が立っていた。
厨房の中に入ってはいけないと、いつも言い聞かせているので、里々衣は入り口より先には入って来ない。
栄は「はい。美味しかった?」と聞きながら里々衣の目線に屈む。里々衣は「うん」と返事をすると、栄に瓶を渡した。
栄は娘の頭を優しく撫でると、ゆっくり立ち上がって、シンクの上に空き瓶を置く。
「パパ、コウちゃんが、どうかしたの?」
「ん?ああ……。コウおじちゃんが、本を売ったってお話ししてたの」
「ふうん?」
里々衣は首をかしげ、目を逸らし、曖昧な返事をした。興味がないと、そう言う返事をする。
「パパ、コウちゃんどこ?した?」
栄は壁時計を振り返る。六時を回っていた。
「たぶん、下で閉店作業をしてるよ。行って、手伝ってあげるといい。喜ぶよ」
里々衣は元気よく「うん!」と返事をすると、勢い良く裏口を出て行った。
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