第175話 理想
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百合は真剣な表情で栄を見つめていた。
開いた両目は、薄暗がりの中で、妙に眩しい光を宿している。栄は百合から目を逸らすと、再び天井を見つめた。
「なりたいとか、なりたくないとか……。そう言う事、考えた事が無いな……。なる物だと、教え込まれてきていたし……」
百合は身体を動かし仰向けになると、栄同様、天井をじっと見つめる。
「私ね、今日、ずっとある事を思っていたの」
栄は黙って言葉を待つ。
「以前、ハル君達が子どもの頃住んでいた、商店街の話しを聞かせてくれたでしょう」
栄は高校生の頃まで住んでいた、商店街の風景を瞬時に思い出し「ああ」と短く返事をした。
「私ね、ハル君は、いつかコウ君と一緒に、お店を作ったらどうかなあ、って思うの」
「店?」
「そう。ハイエスト・レリッシュとは関係ない、二人の店」
そう言うと、百合は身体を横に向け、栄の横顔を見た。
「私、ハル君から聞いた商店街の話し、大好き。お祖父様の大切なお店。大好きなお祖母様の為に作った、お祖母様が喜ぶ顔の為だけに作った、小さなお店。……今日、光君が働いてる店を見て、改めて、すごくいいなあって思った。以前から好きだったけど、商店街の話しを聞いていたからかな。もっと好きになったの。ハル君と光君なら、きっと素敵なお店を開けるって。勝手に思っちゃった。家の柵も、全て無くして。新しい二人だけの店……」
栄は何も言葉が出なかった。
正直、今日、光の店の菓子を食べて、百合と同じ考えが浮かんだ。あんなに大きくなってしまった会社で、もし、自分が社長になって、元に戻せたとしても、それは、もう祖父の店ではない。小さい店だったから、菓子、一つ一つに愛情が込められていたんだ。大量生産で、機械を使って作られた菓子には、本当の意味での愛情は込められない。そう、思った。そして何より、今の会社では、せっかくの光の腕を、台無しにするのではないかと、不安が過ぎった。
だが、すぐに百合の意見に賛同する事は、出来なかった。
自分がそうしたくても、果たして光が同意をするだろうか。他愛のない話しは幾らでも出来るのに、大事な話は何一つ出来ていないような関係で、やっていけるのだろうか、そう頭を過ぎったのだ。
百合は黙ったまま、栄の言葉を待ったが、返事は返って来なかった。百合は目を瞑り、栄の腕に額を当てた。
暫くして、百合の静かな寝息が聞こえてきた。栄は小さく息を吐き出し、百合の肩を引き寄せるように腕を回すと、静かに目を瞑った。
いつの間にか眠っていたのか、カタリと、何かが落ちた音で目が覚めた。
一階の間接照明が付いたままだ。
栄は静かに起き上がると、百合をちらりと見た。深い眠りについているようで、起きている気配はない。
栄はベッドから出ると、静かに階段を下りた。
階段の軋む音に気づき、コーヒーテーブルの上で何か書き物をしていた光が、素早く振り向いた。
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