第173話 繋がる
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光が勤める店のシェフパティシエの父親と栄達の祖母が幼なじみだった事、祖父が若い頃この町に来て、短期間だけ菓子作りを教わっていた事、それは祖母のためだったと言うこと。それらの話しを聞きながら、栄は終始驚いた顔で聞いていた。
「それで、最初は、自分の初恋相手を掻っ攫っていった日本人って言って嫌っていたらしいけど、じいちゃんの真っ直ぐさや、ばあちゃんを大事に思ってくれている事が伝わって。ばあちゃんが毎日笑って過ごしてくれるなら、何でもやるって言ったじいちゃんの言葉が、心に響いたんだって。もし自分が作る菓子の味で、初恋相手である俺らのばあちゃんが、ずっと笑っていてくれるならって、菓子作りを教えたらしいよ」
まさか、フランスに来てまで祖父母の恋愛話を聞かされるとは思いもしなかった栄は、呆気に取られた風に「はあぁ」と気の抜けた声を出した。
「なるほどなあ。だったら、いっそうこっちに住めば良かったのにな、じいちゃん達」
栄は、しみじみと言った。
「そうも行かないだろ。うちは昔から製菓屋で、じいちゃんは長男だったし……」
栄達は知らないが、祖父が子どもの頃、沖田の家は和三盆を作っていた。その延長線上で、和菓子屋も営んでいたが、祖父の代から洋菓子も取り入れ始めた。それに対する反発は、当たり前のように起きて、和菓子屋は祖父の弟が継いだ。だが、その和菓子屋も次第に洋菓子へ移り、今では和菓子屋は無くなり、沖田と言えば、洋菓子のイメージが強くなった。
光はふと真顔になると「だから」と言葉を続けた。
「だから、余計さ。元の味にしなくちゃいけないんだ」
その声は、まるで自分に言い聞かせるかのように、静かな響きだった。
栄は「うん」と静かに頷く。
「今、会社はどうなの?」
光は真顔のまま栄を真っ直ぐに見て訊いた。栄は光から視線を逸らし、「相変わらず。残念な会社のままだ」と早口で答えた。出来れば光に聞かせたくない、と思ったのだ。しかし、光の目は、じっと栄を見続けた。まるで、栄の心の奥を読み取ろうとするかの様に。
栄はその視線を真摯に受け止め、小さく息を吸い込むと、自分の考えを、ゆっくり、噛み締めるように話し出した。
「これじゃあ、常連は経るだろうと親父に言っても、新規が来ればいい、毎回その繰り返し。宣伝も昔以上に金を使ってる。知る人ぞ知る【ハイエスト・レリッシュ】は、もう、どこにも無い。今までは、俺が何を言ったところで、どうにも出来なかった。……でも、俺が新商品の開発に加わったということは、かなりチャンスだと思ってる。だから、俺は俺のやり方で、闘うよ」
それは、自分の中にある闘志を奮い立たせるように、力強かった。すると、光の視線がふと緩んだ。
「うん。わかった。俺も頑張るよ」
静かにそう言うと、ゆっくり目を閉じた。
静まり返ったリビングに「気持ち良かったあ」と、百合の明るい声が響き渡った。
「長いよ……」
栄はうんざりした様な声で百合に言った。
「人の家でよく一時間も入っていられるよな」
「だってぇ」百合は頬を膨らませる。
光はその遣り取りを笑いながら見ていた。
「ねえ、コウ君。ミネラルウォーターある?」
「今度はタカリかよ」
栄は呆れた口調で言った。
「ひっどい!違うわよ!」
百合は「いーだ!」と歯を剥き出すと、光と共にキッチンへ向かった。その数秒後、「なにこれ!」と、百合の嘆き声がリビングまで響き、栄はキッチンへ向かった。
「なに?どうした?」
栄が覗き込むと、光が苦笑いをしながら「いや、ここは開けないでいいから」と、百合の手を払いつつ、棚の戸を押さえていた。
「退きなさい!なんなの、このひどい食生活は!」
百合は光の手を退けると、棚を開けた。
棚の中には、日本製のインスタントラーメンがびっしりと、それはそれは綺麗に入っている。次いで、隣の棚を開けると、そこにも同様に、レトルト食品や缶詰などが綺麗に入っている。それを見た栄も、流石に呆れた顔で棚を覗き込んだ。これなら痩せて見えるのも当然なのかも知れない、痩せの大食いだけではないな、と、心の中で溜め息をついた。
「冷蔵庫なんて、もっとひどいの。ヨーグルトと水とビールしか入ってなかった!」
その言葉に栄が冷蔵庫を開けると、確かに、ヨーグルトが一パックと、二リットルのペットボトルの水が二本、缶ビールが三本入っているだけ。冷凍庫には何も入っていない。
光は真っ赤な顔をして「もう、いいでしょ。さ、向こうへ行って」と、二人をキッチンから追い出した。
百合と栄は、光に背中を押され、リビングへ戻る。二人は顔を見合わせ、肩を降ろすと、息を吐き出しながら首を左右に振った。
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